「英雄史観は危険だ」——アレクサンドロス大王の東征とアケメネス朝ペルシアの真実
JBpress『ビジネスに効く!世界史最前線』が問う歴史の見方。古代オリエント帝国の統治機構とアレクサンドロスの虚像・実像。
2018年8月の歴史界隈において、大いに知的刺激をもたらしたのがJBpressの連載『ビジネスに効く!世界史最前線』におけるアレクサンドロス大王とアケメネス朝ペルシアを巡る論考である。 古来、アレクサンドロスの東征は「未開の専制帝国に挑んだ天才英雄の武勇伝」として、あるいは「ギリシア文明の光をオリエントにもたらした輝かしき征服劇」として語られがちであった。しかし現代の歴史学が実証するように、大王が短期間でインダス川流域にまで至る大版図を掌中に収めることができた最大の要因は、アケメネス朝ペルシア自身が200年以上にわたって整備してきた州制度(サトラップ制)や全長2700キロに及ぶ「王の道」、精緻な駅伝制と租税システムを、そのまま継承・活用した点にある。 考証デスクの上田秋成としても、世間が好む安易な英雄礼賛や「西洋対東洋」「文明対野蛮」という陳腐な二項対立には苦言を呈さざるを得ない。華々しい軍事的勝利の裏側には、先行する巨大帝国の卓越した行政インフラと多元的な包摂システムが存在していたのであり、それを無視して一人の天才の資質にのみ帰する歴史観は、歴史の真実を覆い隠す甘言に過ぎない。 常識化された英雄伝説のヴェールを剥ぎ取り、制度と構造の連続性から古代オリエントの実像を見つめ直す。現代の社会機構やリーダーシップ論を考える上でも、本質的な示唆に富む味わい深い充実した一編といえよう。
「英雄史観は危険だ」——アレクサンドロス大王の東征とアケメネス朝ペルシアの真実
JBpress『ビジネスに効く!世界史最前線』が問う歴史の見方。古代オリエント帝国の統治機構とアレクサンドロスの虚像・実像。
2018年8月の歴史界隈において、大いに知的刺激をもたらしたのがJBpressの連載『ビジネスに効く!世界史最前線』におけるアレクサンドロス大王とアケメネス朝ペルシアを巡る論考である。 古来、アレクサンドロスの東征は「未開の専制帝国に挑んだ天才英雄の武勇伝」として、あるいは「ギリシア文明の光をオリエントにもたらした輝かしき征服劇」として語られがちであった。しかし現代の歴史学が実証するように、大王が短期間でインダス川流域にまで至る大版図を掌中に収めることができた最大の要因は、アケメネス朝ペルシア自身が200年以上にわたって整備してきた州制度(サトラップ制)や全長2700キロに及ぶ「王の道」、精緻な駅伝制と租税システムを、そのまま継承・活用した点にある。 考証デスクの上田秋成としても、世間が好む安易な英雄礼賛や「西洋対東洋」「文明対野蛮」という陳腐な二項対立には苦言を呈さざるを得ない。華々しい軍事的勝利の裏側には、先行する巨大帝国の卓越した行政インフラと多元的な包摂システムが存在していたのであり、それを無視して一人の天才の資質にのみ帰する歴史観は、歴史の真実を覆い隠す甘言に過ぎない。 常識化された英雄伝説のヴェールを剥ぎ取り、制度と構造の連続性から古代オリエントの実像を見つめ直す。現代の社会機構やリーダーシップ論を考える上でも、本質的な示唆に富む味わい深い充実した一編といえよう。
間重富
大坂長堀の商家から寛政の改暦を成し遂げ、精緻な観測機器で日本の天文学を牽引した町人学者
江戸時代後期、大坂・長堀の質屋「十一屋」の当主でありながら、幕府天文方を驚嘆させる観測技術で近世日本の天文学を飛躍させた町人天文学者。号は十一堂。 独学で西洋天文学と和算を学んでいたが、大坂に招聘された大分出身の奇才・麻田剛立(あさだごうりゅう)の私塾に入門。同門の高橋至時(たかはしよしとき)とともに麻田派の双璧として名を馳せた。1795年、至時とともに幕府から江戸に召し出され、西洋天文学の理論を取り入れた「寛政暦」への大改暦に尽力した。 重富の真骨頂は、大坂商人の経済力と職人ネットワークを活かして製作した精緻を極める観測機器(垂球儀や象限儀)にあった。至時が理論構築を担い、重富が観測精度の向上を支えるという二人三脚が、のちの伊能忠敬による日本全図作成の科学的基礎ともなった。官僚ではなく大坂の民間町衆から世界水準の科学者が生まれたことは、近世大坂の豊かな学問的土壌を雄弁に物語っている。
間重富
大坂長堀の商家から寛政の改暦を成し遂げ、精緻な観測機器で日本の天文学を牽引した町人学者
江戸時代後期、大坂・長堀の質屋「十一屋」の当主でありながら、幕府天文方を驚嘆させる観測技術で近世日本の天文学を飛躍させた町人天文学者。号は十一堂。 独学で西洋天文学と和算を学んでいたが、大坂に招聘された大分出身の奇才・麻田剛立(あさだごうりゅう)の私塾に入門。同門の高橋至時(たかはしよしとき)とともに麻田派の双璧として名を馳せた。1795年、至時とともに幕府から江戸に召し出され、西洋天文学の理論を取り入れた「寛政暦」への大改暦に尽力した。 重富の真骨頂は、大坂商人の経済力と職人ネットワークを活かして製作した精緻を極める観測機器(垂球儀や象限儀)にあった。至時が理論構築を担い、重富が観測精度の向上を支えるという二人三脚が、のちの伊能忠敬による日本全図作成の科学的基礎ともなった。官僚ではなく大坂の民間町衆から世界水準の科学者が生まれたことは、近世大坂の豊かな学問的土壌を雄弁に物語っている。
鎖国下に花開いた知の冒険者たち——新戸雅章『江戸の科学者』
儒学者や武士ばかりではない。閉ざされた国境のなかで世界水準に達した数学、天文学、医学の異才たち。江戸時代を「理系の視点」から捉え直す快著。
平凡社新書より刊行された新戸雅章氏の『江戸の科学者――西洋に挑んだ異才列伝』は、政治史や武家文化の陰に隠れがちだった江戸時代の科学技術史にスポットを当てた、目から鱗が落ちる列伝集である。 江戸時代の偉人といえば、徳川将軍や幕閣、あるいは新井白石や本居宣長といった文系の学者が想起されやすい。しかし著者は、鎖国下にあっても好奇心を失わず、限られた情報から独自の学問体系を打ち立てた理系のパイオニアたちに着目する。 元祖マルチタレントとして知られる平賀源内をはじめ、西洋に先駆けて行列式の概念に達した和算の祖・関孝和、化学の基礎用語を生み出した宇田川榕菴、そして大坂・適塾で多くの俊才を育みコレラ治療に挑んだ緒方洪庵など、計11人の個性豊かな知の冒険者たちが登場する。精緻な職人技と民間町衆の探究心が結びつき、独自の近代化の礎を築いていくプロセスは圧巻だ。 明治の急速な文明開化が決して偶然ではなく、江戸期の知的な蓄積の上に花開いたことを実感させてくれる、歴史好きにも理系読者にも自信を持って薦められる好著である。
鎖国下に花開いた知の冒険者たち——新戸雅章『江戸の科学者』
儒学者や武士ばかりではない。閉ざされた国境のなかで世界水準に達した数学、天文学、医学の異才たち。江戸時代を「理系の視点」から捉え直す快著。
平凡社新書より刊行された新戸雅章氏の『江戸の科学者――西洋に挑んだ異才列伝』は、政治史や武家文化の陰に隠れがちだった江戸時代の科学技術史にスポットを当てた、目から鱗が落ちる列伝集である。 江戸時代の偉人といえば、徳川将軍や幕閣、あるいは新井白石や本居宣長といった文系の学者が想起されやすい。しかし著者は、鎖国下にあっても好奇心を失わず、限られた情報から独自の学問体系を打ち立てた理系のパイオニアたちに着目する。 元祖マルチタレントとして知られる平賀源内をはじめ、西洋に先駆けて行列式の概念に達した和算の祖・関孝和、化学の基礎用語を生み出した宇田川榕菴、そして大坂・適塾で多くの俊才を育みコレラ治療に挑んだ緒方洪庵など、計11人の個性豊かな知の冒険者たちが登場する。精緻な職人技と民間町衆の探究心が結びつき、独自の近代化の礎を築いていくプロセスは圧巻だ。 明治の急速な文明開化が決して偶然ではなく、江戸期の知的な蓄積の上に花開いたことを実感させてくれる、歴史好きにも理系読者にも自信を持って薦められる好著である。
英雄と たたふる陰に ペルシアの 敷きし街道 道案内せり
─ 大坂城下の読書子 ─
英雄と たたふる陰に ペルシアの 敷きし街道 道案内せり
─ 大坂城下の読書子 ─
2018年8月号をお届けいたします。盛夏の候、読者の皆様にはいかがお過ごしでしょうか。今月はアレクサンドロス大王の東征をペルシア帝国の制度的側面から解き明かす刺激的な論考をはじめ、常識化された歴史観を問い直す骨太な話題を集めました。大坂・長堀の町人学者として寛政改暦を支えた間重富の足跡や、鎖国下の科学者たちの奮闘を描いた新書の紹介など、近世日本の知られざる知的水準の高さにも光を当てております。英雄個人の武勇や政治闘争の物語にとどまらず、社会を支える技術や制度、人々の知恵という複眼的な視点から歴史を眺める面白さを、ぜひじっくりと味わっていただければ幸いでございます。
2018年8月号をお届けいたします。盛夏の候、読者の皆様にはいかがお過ごしでしょうか。今月はアレクサンドロス大王の東征をペルシア帝国の制度的側面から解き明かす刺激的な論考をはじめ、常識化された歴史観を問い直す骨太な話題を集めました。大坂・長堀の町人学者として寛政改暦を支えた間重富の足跡や、鎖国下の科学者たちの奮闘を描いた新書の紹介など、近世日本の知られざる知的水準の高さにも光を当てております。英雄個人の武勇や政治闘争の物語にとどまらず、社会を支える技術や制度、人々の知恵という複眼的な視点から歴史を眺める面白さを、ぜひじっくりと味わっていただければ幸いでございます。