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2019年1月号

バックナンバー
編集長: 木村蒹葭堂(大坂)

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【特集】富雄丸山古墳と小山田古墳——相次ぐ「最大」の発表 ・ 初出: 2019年1月

富雄丸山古墳は国内最大の円墳、小山田古墳は飛鳥時代最大の方墳。相次ぐ「最大」と、決まらない被葬者

奈良で1月、古墳の「最大」の発表が続いた。富雄丸山古墳は直径約109メートルで国内最大の円墳、小山田古墳は飛鳥時代最大の方墳だという。大きさは分かっても、誰の墓かは分からない。

「最大」という言葉は、どうしてこうも人の心を躍らせるのだろう。1月の奈良では、その言葉が二度続いた。 一つめは奈良市の富雄丸山古墳である。産経新聞によれば、奈良市教委は1月23日、4世紀後半のこの円墳の直径が約109メートルで、国内最大の円墳であることが発掘調査で裏付けられたと発表した。毎日放送によれば、市は2017年の航空レーザー測量で直径110メートル前後と見積もっていたという。墳丘の平らな面の幅は8.8メートルもあり、大王の墓に匹敵する広さだ。日本経済新聞によれば、頂上付近からは石製の副葬品の破片も出た。明治時代に盗掘されたとされる国の重要文化財の腕飾り「鍬形石」と合う可能性が高いという。 二つめは明日香村の小山田古墳だ。奈良新聞によれば、奈良県立橿原考古学研究所は1月31日、7世紀中ごろのこの古墳で墳丘の西の裾が初めて確かめられ、東西の幅が80メートルを超えると発表した。産経新聞は、飛鳥時代最大の方墳と判明したと伝えている。被葬者の候補は、舒明天皇(641年没)の最初の墓とする説と、蘇我蝦夷(645年没)の墓とする説がある。 さて、ここからが肝心なところである。大きさは測れば分かる。だが「誰の墓か」は、測っても分からない。富雄丸山古墳の主は名前すら伝わらず、小山田古墳も天皇か蘇我氏の実力者か、候補が並んだままだ。墓の大きさを、そのまま葬られた人の権力の大きさと読んでよいのかどうか。そこにも一度、疑いの目を向けておきたい。 とはいえ、数字が確かになることには意味がある。確かな数字の上にしか、確かな議論は立たない。「最大」の見出しに浮かれず、次の発掘の報告を待ちたい。

#富雄丸山古墳#小山田古墳#円墳#方墳#蘇我蝦夷#考古学
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【特集】高槻城跡で高山右近の障子堀を発見 ・ 初出: 2019年1月

高山右近の高槻城から「障子堀」。堀の底に泥を仕込んだ、西日本最古級の守り

キリシタン大名・高山右近が城主を務めた大阪府高槻市の高槻城跡で、堀の底を格子状に仕切った「障子堀」が見つかった。西日本では最古級の例で、幻の城の中心部に迫る手がかりになりそうだ。

堀の底に、泥の落とし穴が並んでいた。四国新聞(共同通信)によれば、キリシタン大名・高山右近が1573年に城主となった大阪府高槻市の高槻城跡で、堀の底を格子状に掘り分けて敵の侵入を遅らせる「障子堀」と、石垣の一部が見つかった。高槻市教育委員会が1月30日に発表した。堀の底を泥で覆って穴を隠し、落とし穴のように使っていたという。 産経新聞によれば、石垣は木で補強されていた。毎日新聞は、この障子堀を西日本で最古級のものと伝えている。障子堀は関東の城でよく知られる造りで、朝日新聞は見出しで「信長に教わった?」と問いかけている。右近が当時の最先端の守りの技をどこで身につけたのか、想像がふくらむ話だ。 高槻城は、建物がほとんど残っていない「幻の城」でもある。毎日新聞によれば、見つかった場所や堀の形から、これまで確かめられていない城の中心部分、主郭の位置に迫る手がかりになるかもしれないという。400年の時を越えて、右近が手がけた城の守りが姿を現したことになる。 右近といえば、信仰を貫いて国外へ追われた人として語られることが多い。だがこの堀は、「築城の名手」とうたわれたもう一つの顔を思い出させてくれる。祈りの人と、戦の人。どちらも同じ右近である。 まだ高槻の地に杖を向けたことはないが、泥の底に眠っていた格子の跡を思い浮かべると、冬の堀端を吹く風の冷たさまで感じられるようだ。

#高山右近#高槻城#障子堀#キリシタン大名#城郭#発掘
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【特集】平成最後の年の正月に、改元の歴史をふりかえる ・ 初出: 2019年1月

平成の次の元号を待つ正月に。信長が迫った「天正」、幕末の幻の元号「令徳」、「昭和」選定の記録

5月の改元を控え、元号の歴史をふりかえる記事が相次いでいる。信長が朝廷に迫った改元、幕末に退けられた幻の元号、昭和を選んだ記録。元号は、いつの時代も権力と無縁ではなかった。

平成も残り4か月を切った。新しい元号が何になるのか、町の噂はそればかりである。そんな正月に、元号の歴史をふりかえる記事がいくつも出た。 iRONNAの記事によれば、改元は古代から基本的に天皇の権限だったが、鎌倉時代の後半から幕府が口を出すようになり、江戸時代には将軍が元号を内定し、天皇がそれを認めるという形になった。戦国の世には、織田信長が「元亀」から「天正」への改元を朝廷に迫った話も伝わる。元号ひとつにも、権力の綱引きがあったわけだ。 同じくiRONNAは、幕末の幻の元号「令徳」を取り上げている。明治に一世一元の制度ができる前は、辛酉や甲子といった変事が起こるとされる年にも改元した。「令徳」はそうした改元の候補に挙がりながら、採られなかった元号である。徳川に令する、と読めるとして幕府が嫌ったと伝わる。毎日新聞は、公文書館に残る記録から、大正の教訓を踏まえて「昭和」が選ばれた過程を克明にたどっている。第1案には「神化」「元化」「昭和」「同和」などが並んでいたという。 わたしが生まれたのは元文の世やった。それから世を去るまでに、寛保、延享、寛延、宝暦、明和、安永、天明、寛政、享和と、九度も元号が変わった。改元のたびに、暦も書付も書き改めるのはひと苦労やったが、新しい年号の字面を眺めるのは、ちょっとした楽しみでもあった。 朝日新聞の論考は、「平成最後」という言葉があふれる今の日本人と元号の関わりを見つめている。次の元号は、どんな字になるのか。書き初めの筆を置いて、あれこれ想像をめぐらせている。

#改元#元号#天正#令徳#昭和#平成最後
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【特集】大河ドラマ「いだてん」の始まり ・ 初出: 2019年1月

大河『いだてん』が始まった。明治のオリンピック挑戦に天狗倶楽部、視聴率は2話で3.5ポイント減

2019年の大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』が1月6日に始まった。明治の末、日本が初めてオリンピックに挑んだ時代を描く異色の大河だ。話題は十分、ただし視聴率はいきなり下がった。

戦国武将も幕末の志士も出てこない大河である。1月6日、宮藤官九郎さんの脚本による大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』が始まった。ニコニコニュースによれば、第1話は東京オリンピックの開催決定から時をさかのぼり、明治の末、日本がオリンピックに初めて出るまでの話を描いた。語り手の古今亭志ん生をめぐる演出も、史実を踏まえたものだという。 Yahoo!ニュース(スポニチ)によれば、1912年のストックホルム大会への参加を目指す柔道の創始者・嘉納治五郎を役所広司さんが演じ、早稲田大学総長の大隈重信らも顔をそろえる。明治のスポーツ好きの若者たちが集まった「天狗倶楽部」は、放送直後にネットのトレンド入りを果たした。Yahoo!ニュースの別の記事は、オープンセットも含めた美術の豪華さを伝えている。 さて、気になるのはそろばんのほうだ。日刊スポーツによれば、1月13日放送の第2話の視聴率は関東地区で12.0%。初回の15.5%から3.5ポイントも下がった。大河としては異例の下がり方だという。 わしに言わせれば、無理もない話や。大河の客は、刀と鎧と天下取りを見に来とる。そこへいきなり明治の運動会を出されても、戸惑うのは当然やろう。ただ、客は慣れる。慣れたら化けることもある。一年の興行は長い。初日の入りだけで勝ち負けを決めるのは早計というもんや。 明治の若者が海の向こうの大舞台を目指した話が、令和を前にした日本でどう受け止められるか。視聴率の帳面を、しばらく見守らせてもらおう。

#いだてん#大河ドラマ#嘉納治五郎#天狗倶楽部#オリンピック#視聴率
かわら版
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歴史かわら版 ・ 2019年01月

童男山古墳群出土「子負いの女性石人」 八女市が文化財指定 [福岡県]

福岡県八女市の童男山古墳群から1988年に出土した「子負いの女性石人」が、市の文化財に指定された。石人は武人の姿が多く、子を背負った石人の出土は全国で初めて、今も唯一だそうだ。

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歴史かわら版 ・ 2019年01月

国指定史跡『井寺古墳』発見年月が判明

熊本県嘉島町の国史跡・井寺古墳が、江戸末期の安政4年(1857年)に見つかっていたことを、熊本大学の研究者が別の古文書から突き止めた。県立装飾古墳館の企画展で紹介されているとのこと。

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歴史かわら版 ・ 2019年01月

震度5弱 江田船山古墳の石棺に被害

1月26日に熊本県和水町で震度5弱を観測した地震で、国史跡・江田船山古墳の石棺の一部がはがれるなどの被害が出たらしい。銀象嵌の大刀で知られる古墳だけに心配だ。

News24.jp / 2019-01-30
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歴史かわら版 ・ 2019年01月

古墳内部をレーダー調査 埋葬場所特定へ期待 小山の摩利支天塚

栃木県小山市の国史跡・摩利支天塚古墳で、地中の構造を探るレーダー調査が行われた。市と早稲田大学による調査で、埋葬された場所の特定につながると期待されているとのこと。

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歴史かわら版 ・ 2019年01月

眼前に国宝、驚きの博物館 埼玉古墳群のスゴさ

県名の由来となった埼玉県行田市の埼玉古墳群を紹介する記事。稲荷山古墳から出た国宝の鉄剣を間近に見られる博物館のすごさを、上空からの写真とともに伝えている。

毎日新聞 / 2019-01-30
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歴史かわら版 ・ 2019年01月

奈良)「卑弥呼の墓」を間近で 箸墓古墳の周濠歩く

卑弥呼の墓との説もある奈良県桜井市の箸墓古墳の周濠を歩いて見学できる「箸中ロマン古墳ウォーク」が、3月3日に開かれる。北側のため池の水を抜いて、古墳を間近に見られるらしい。

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歴史かわら版 ・ 2019年01月

古代の鵜飼いに迫る 長良川うかいミュージアムで特別展

岐阜市の長良川うかいミュージアムで、古代の鵜飼いに迫る特別展が開かれている。群馬県の古墳から出た、魚をくわえた鵜の埴輪なども並び、古墳時代には鵜飼いが一般的な漁だったことがうかがえるそうだ。

中日旅行ナビ / 2019-01-30
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歴史かわら版 ・ 2019年01月

1500年前の甲冑、小松で公開…2月11日まで

石川県小松市の埋蔵文化財センターで、約1500年前の古墳時代の甲冑などを並べた企画展「新指定! 考古資料お披露目展」が2月11日まで開かれている。昨年12月に市の文化財に指定された品々とのこと。

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歴史かわら版 ・ 2019年01月

古都の空染める彩りの炎 奈良、伝統の若草山焼き

奈良の冬の夜空を炎で染める伝統行事「若草山焼き」が行われた。起源には諸説あるが、山にある鶯塚古墳の霊を鎮めるために火を付けたのが始まりとされているそうだ。

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歴史かわら版 ・ 2019年01月

名古屋城の欄間復元 井波彫刻 技に迫る 福野で企画展

名古屋城本丸御殿の上洛殿の欄間を、富山県南砺市の井波彫刻の彫り師たちが復元した。その技に迫る企画展が福野で開かれている。空襲で焼ける前の写真をもとに、40人近くが7年がかりで彫り上げたとのこと。

中日新聞 / 2019-01-22
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歴史かわら版 ・ 2019年01月

アイヌ民族はヒグマと共生していた・・・ 秋田県立博物館で資料展示

北海道のアイヌ民族とヒグマの共生の歩みをたどる企画展「キムンカムイとアイヌ−春夏秋冬」が、秋田県立博物館で開かれている。四季の暮らしの道具などから、長い共生の歴史を伝えているそうだ。

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投稿狂歌コーナー ・ お題「改元」

新元号 当てたら何か もらえるか 外れた札が 机に積もる

─ 新元号予想屋 ─

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2019年1月号をお届けします。明けましておめでとうございます。平成最後の正月、奈良では古墳の「最大」の発表が続き、秋成はんは「大きさは分かっても、誰の墓かは分からん」と、さっそく冷や水を浴びせております。 わたしは改元の歴史を担当しました。自分が生きた時代だけで九度も元号が変わったことを思い出して、次の元号の予想にもつい熱が入りました。芭蕉翁は高槻城の高山右近の障子堀を、西鶴はんは新しい大河『いだてん』の視聴率を、それぞれの持ち場から見てくれています。 かわら版には、子を背負った石人、若草山焼き、名古屋城の欄間の復元などを並べました。新しい年も、ぼちぼちよろしゅうお頼み申します。