「奇想の系譜展」で江戸の奇才6人が一堂に。福島の若冲展は最初の週末で1万人、鶏はフィギュアに
東京で「奇想の系譜展」が開かれ、若冲や蕭白、又兵衛ら江戸の奇才たちの絵が並んでいる。半世紀前の一冊の本が見いだした画家たちは、いまや展覧会の主役だ。福島の若冲展もにぎわっている。
半世紀前、一冊の本が日本美術の見方を変えた。NEWSポストセブンの対談によれば、1970年に出た『奇想の系譜』は、岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曽我蕭白、長沢芦雪、歌川国芳という江戸時代の6人の画家を一般向けに紹介し、日本美術史を書き換えるきっかけになった。その6人に白隠と鈴木其一を加えた作品を集めたのが、今回の「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」である。 ライブドアニュースは、若冲や蕭白と並んで、又兵衛や山雪、芦雪らの作品が並ぶ会場を紹介している。読売新聞の連載は、又兵衛の「小栗判官絵巻」を取り上げ、その奇抜な画面を古典の教養が支えていたことを読み解いている。奇想とは、でたらめのことではない。古い型をよく知っていてこそ、型破りができるわけだ。 とりわけ若冲の人気はすさまじい。47NEWSによれば、福島県立美術館で開かれている「東日本大震災復興祈念 伊藤若冲展」は、開幕後最初の週末で入場者1万人を超えた。朝日新聞によれば、若冲が繰り返し描いた鶏が、大阪の海洋堂の造形作家の手で高さ約30センチのフィギュアになったという。後ろ姿も楽しんでほしい、とのことである。 若冲や蕭白が京で筆をふるっていたころ、わたしも大坂で書画を集め、絵筆を握っていた。同じ時代の空気を吸っていた絵師たちが、二百数十年たってこれほど持てはやされるとは。ほんまに、時代というのは分からんもんやなあ。 若冲の鶏の一羽、蕭白の仙人の一人でも、手元に置けたらどんなにええか。その夢は叶わんでも、せめて会場の人波に紛れて、奇想の筆の運びをじっくり拝んでくるとしよう。
「奇想の系譜展」で江戸の奇才6人が一堂に。福島の若冲展は最初の週末で1万人、鶏はフィギュアに
東京で「奇想の系譜展」が開かれ、若冲や蕭白、又兵衛ら江戸の奇才たちの絵が並んでいる。半世紀前の一冊の本が見いだした画家たちは、いまや展覧会の主役だ。福島の若冲展もにぎわっている。
半世紀前、一冊の本が日本美術の見方を変えた。NEWSポストセブンの対談によれば、1970年に出た『奇想の系譜』は、岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曽我蕭白、長沢芦雪、歌川国芳という江戸時代の6人の画家を一般向けに紹介し、日本美術史を書き換えるきっかけになった。その6人に白隠と鈴木其一を加えた作品を集めたのが、今回の「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」である。 ライブドアニュースは、若冲や蕭白と並んで、又兵衛や山雪、芦雪らの作品が並ぶ会場を紹介している。読売新聞の連載は、又兵衛の「小栗判官絵巻」を取り上げ、その奇抜な画面を古典の教養が支えていたことを読み解いている。奇想とは、でたらめのことではない。古い型をよく知っていてこそ、型破りができるわけだ。 とりわけ若冲の人気はすさまじい。47NEWSによれば、福島県立美術館で開かれている「東日本大震災復興祈念 伊藤若冲展」は、開幕後最初の週末で入場者1万人を超えた。朝日新聞によれば、若冲が繰り返し描いた鶏が、大阪の海洋堂の造形作家の手で高さ約30センチのフィギュアになったという。後ろ姿も楽しんでほしい、とのことである。 若冲や蕭白が京で筆をふるっていたころ、わたしも大坂で書画を集め、絵筆を握っていた。同じ時代の空気を吸っていた絵師たちが、二百数十年たってこれほど持てはやされるとは。ほんまに、時代というのは分からんもんやなあ。 若冲の鶏の一羽、蕭白の仙人の一人でも、手元に置けたらどんなにええか。その夢は叶わんでも、せめて会場の人波に紛れて、奇想の筆の運びをじっくり拝んでくるとしよう。
キトラ古墳の壁画が国宝に。X線で「辰」らしき黒い影——泥の下の十二支像は本当にいるのか
奈良県明日香村のキトラ古墳の極彩色壁画が、国宝に指定される見通しになった。同じ日、X線調査で十二支の「辰」の可能性がある黒い影が見つかったと文化庁が発表した。
千三百年前の石室の壁画が、ついに国宝になる。東京新聞によれば、奈良県明日香村のキトラ古墳の極彩色の壁画が、国宝に指定されることになった。読売新聞の社説によれば、石室の壁に描かれた青龍・白虎・朱雀・玄武の四神は、どれも消えずに残っている。天井の天文図は、東アジアで最古とされるものだ。 同じ3月22日、もう一つの発表があった。NHKや毎日新聞によれば、文化庁は、修復を終えた石室の壁の一部をX線で撮影したところ、黒い描線のような影が見つかり、十二支の「辰」の像の可能性があると発表した。朝日新聞は、泥に覆われた壁面の漆喰に、獣の頭と人の体をもつ十二支像の「辰」が、左を向いて残っている可能性があると伝えている。 さて、ここは慎重に読みたい。見つかったのは、あくまで「辰の可能性がある黒い影」である。文化庁自身も、これから調査を続けるとしている。キトラ古墳の十二支像は、これまでにいくつかが確かめられているから、辰があってもおかしくはない。だが「あってもおかしくない」と「ある」とのあいだには、まだ距離がある。期待が大きいときほど、見出しの言葉に気をつけたい。 キトラ古墳の壁画は、一度はがして修復し、保存するという道を選んだ。読売新聞の社説は、その修復の成果を生かして、壁画を受け継いでいくことを求めている。国宝という肩書きは、守る責任の重さでもある。 泥の下の「辰」が本当に姿を見せるのか。答えを急がず、次の調査の報告を待とう。
キトラ古墳の壁画が国宝に。X線で「辰」らしき黒い影——泥の下の十二支像は本当にいるのか
奈良県明日香村のキトラ古墳の極彩色壁画が、国宝に指定される見通しになった。同じ日、X線調査で十二支の「辰」の可能性がある黒い影が見つかったと文化庁が発表した。
千三百年前の石室の壁画が、ついに国宝になる。東京新聞によれば、奈良県明日香村のキトラ古墳の極彩色の壁画が、国宝に指定されることになった。読売新聞の社説によれば、石室の壁に描かれた青龍・白虎・朱雀・玄武の四神は、どれも消えずに残っている。天井の天文図は、東アジアで最古とされるものだ。 同じ3月22日、もう一つの発表があった。NHKや毎日新聞によれば、文化庁は、修復を終えた石室の壁の一部をX線で撮影したところ、黒い描線のような影が見つかり、十二支の「辰」の像の可能性があると発表した。朝日新聞は、泥に覆われた壁面の漆喰に、獣の頭と人の体をもつ十二支像の「辰」が、左を向いて残っている可能性があると伝えている。 さて、ここは慎重に読みたい。見つかったのは、あくまで「辰の可能性がある黒い影」である。文化庁自身も、これから調査を続けるとしている。キトラ古墳の十二支像は、これまでにいくつかが確かめられているから、辰があってもおかしくはない。だが「あってもおかしくない」と「ある」とのあいだには、まだ距離がある。期待が大きいときほど、見出しの言葉に気をつけたい。 キトラ古墳の壁画は、一度はがして修復し、保存するという道を選んだ。読売新聞の社説は、その修復の成果を生かして、壁画を受け継いでいくことを求めている。国宝という肩書きは、守る責任の重さでもある。 泥の下の「辰」が本当に姿を見せるのか。答えを急がず、次の調査の報告を待とう。
熊本で装飾古墳の一斉公開、被災した井寺古墳も。茨城の虎塚古墳でも赤い文様の壁画を公開
ふだんは見られない装飾古墳の石室が、春に合わせて公開された。装飾古墳が全国で最も多い熊本県では県内各地で一斉に、茨城県ひたちなか市では虎塚古墳の赤い文様の壁画が公開されている。
春の土の匂いが立ちのぼるころ、古墳の石室の扉が開く。熊本日日新聞(Yahoo!ニュース)によれば、熊本県内各地の装飾古墳の一斉公開が3月23日に始まり、人吉市の大村横穴群など4か所で専門の職員が解説した。翌24日には、山鹿市の横山古墳など7か所でも公開された。熊本県内の装飾古墳は約220基あり、全国で最も多いという。 読売新聞によれば、この一斉公開は2009年から毎年行われている。今年は、熊本地震で被災した嘉島町の井寺古墳も公開され、被害の状況などが説明された。地震で傷ついた石室にも、千数百年前の人々が描いた文様は残っている。 装飾古墳は九州だけのものではない。茨城新聞によれば、茨城県ひたちなか市の国史跡・虎塚古墳でも、石室の壁画が一般に公開されている。7世紀初めに造られた全長約56メートルの前方後円墳で、1973年に見つかった。後円部の石室には、赤い文様が描かれているそうだ。 暗い石室の中で、灯りに照らされて浮かび上がる赤や緑の文様。それを描いた人々は、死者がどこへ旅立つと考えていたのだろうか。旅に生きた身としては、あの世への道行きに添えられた絵というものに、どうにも心ひかれる。 春の公開は、年に一度か二度の短い機会であることが多い。杖を持つ手に力を込めて、いつか石室の前に立ってみたいものである。
熊本で装飾古墳の一斉公開、被災した井寺古墳も。茨城の虎塚古墳でも赤い文様の壁画を公開
ふだんは見られない装飾古墳の石室が、春に合わせて公開された。装飾古墳が全国で最も多い熊本県では県内各地で一斉に、茨城県ひたちなか市では虎塚古墳の赤い文様の壁画が公開されている。
春の土の匂いが立ちのぼるころ、古墳の石室の扉が開く。熊本日日新聞(Yahoo!ニュース)によれば、熊本県内各地の装飾古墳の一斉公開が3月23日に始まり、人吉市の大村横穴群など4か所で専門の職員が解説した。翌24日には、山鹿市の横山古墳など7か所でも公開された。熊本県内の装飾古墳は約220基あり、全国で最も多いという。 読売新聞によれば、この一斉公開は2009年から毎年行われている。今年は、熊本地震で被災した嘉島町の井寺古墳も公開され、被害の状況などが説明された。地震で傷ついた石室にも、千数百年前の人々が描いた文様は残っている。 装飾古墳は九州だけのものではない。茨城新聞によれば、茨城県ひたちなか市の国史跡・虎塚古墳でも、石室の壁画が一般に公開されている。7世紀初めに造られた全長約56メートルの前方後円墳で、1973年に見つかった。後円部の石室には、赤い文様が描かれているそうだ。 暗い石室の中で、灯りに照らされて浮かび上がる赤や緑の文様。それを描いた人々は、死者がどこへ旅立つと考えていたのだろうか。旅に生きた身としては、あの世への道行きに添えられた絵というものに、どうにも心ひかれる。 春の公開は、年に一度か二度の短い機会であることが多い。杖を持つ手に力を込めて、いつか石室の前に立ってみたいものである。
若冲の 鶏を見に来て 並ぶ列 われらも朝から 鳴きたい気分
─ 上野の行列最後尾 ─
若冲の 鶏を見に来て 並ぶ列 われらも朝から 鳴きたい気分
─ 上野の行列最後尾 ─
2019年3月号をお届けします。東京では「奇想の系譜展」、福島では若冲展と、江戸の絵師たちがあちこちで人を集めております。同じ時代を生きた身として、これほど持てはやされるのを見るのは、なんともくすぐったい気分です。 秋成はんはキトラ古墳の国宝指定と、X線で見つかった「辰」らしき影に、「可能性がある、とある、は違う」と釘を刺しております。芭蕉翁は熊本と茨城の装飾古墳の公開を、あの世への道行きの絵として味わってくれました。 かわら版には、大山古墳の埴輪、幕末の改元の詔書の下書き、来年の大河『麒麟がくる』の配役などを並べました。新しい元号の発表も、いよいよ目の前です。
2019年3月号をお届けします。東京では「奇想の系譜展」、福島では若冲展と、江戸の絵師たちがあちこちで人を集めております。同じ時代を生きた身として、これほど持てはやされるのを見るのは、なんともくすぐったい気分です。 秋成はんはキトラ古墳の国宝指定と、X線で見つかった「辰」らしき影に、「可能性がある、とある、は違う」と釘を刺しております。芭蕉翁は熊本と茨城の装飾古墳の公開を、あの世への道行きの絵として味わってくれました。 かわら版には、大山古墳の埴輪、幕末の改元の詔書の下書き、来年の大河『麒麟がくる』の配役などを並べました。新しい元号の発表も、いよいよ目の前です。