百舌鳥・古市古墳群が世界遺産に。仁徳天皇陵など49基、大阪初の登録に「鬼ごっこの場所が世界遺産!」
7月6日、アゼルバイジャンで開かれたユネスコの世界遺産委員会で、大阪府の「百舌鳥・古市古墳群」の世界文化遺産登録が決まった。国内23件目、大阪では初めてで、天皇陵などの陵墓が含まれるのも初めてだ。
ついに決まった。毎日新聞によれば、7月6日、ユネスコの世界遺産委員会は、大阪府の「百舌鳥・古市古墳群」を世界文化遺産に登録すると決めた。サンケイスポーツによれば、国内の世界遺産は自然遺産を含めて23件目、登録は7年連続になる。仁徳天皇陵など49基の古墳からなり、天皇陵などの陵墓が世界遺産に含まれるのは初めてだという。 古墳群は、古墳時代の最盛期の4世紀後半から5世紀後半に、政治の中心の一つだった大阪平野に築かれた。時事通信によれば、仁徳天皇陵の墳丘の長さは486メートル。三重の濠をめぐらし、クフ王のピラミッド、秦の始皇帝陵とともに「世界三大墳墓」に数えられる。今は森のように見えるが、造られた当時は斜面に石が敷きつめられ、平らな面には埴輪が並んでいたそうだ。 毎日新聞によれば、地元の堺市では市民が歓声を上げ、「鬼ごっこの場所が世界遺産に!」と喜ぶ声も聞かれた。FNNによれば、登録直後の3連休には上空から古墳群を眺める遊覧飛行が行われ、最大で4時間待ちの行列ができたという。 ところで、仁徳天皇陵には「大山古墳」という別の名もある。朝日新聞によれば、考古学での名前と、宮内庁が管理する陵墓としての名前が並んでいるのは、葬られた人を特定するのが難しいからだという。世界遺産の名札の陰に、まだ解けない謎が眠っているわけや。 大坂の者として、これほど嬉しい知らせはない。わたしの時代には、古墳はただの小山や森として、町の暮らしのすぐ隣にあった。それが世界の宝になるとは。夏の夕暮れ、堺の町から仁徳陵の森を眺めてみたくなった。
百舌鳥・古市古墳群が世界遺産に。仁徳天皇陵など49基、大阪初の登録に「鬼ごっこの場所が世界遺産!」
7月6日、アゼルバイジャンで開かれたユネスコの世界遺産委員会で、大阪府の「百舌鳥・古市古墳群」の世界文化遺産登録が決まった。国内23件目、大阪では初めてで、天皇陵などの陵墓が含まれるのも初めてだ。
ついに決まった。毎日新聞によれば、7月6日、ユネスコの世界遺産委員会は、大阪府の「百舌鳥・古市古墳群」を世界文化遺産に登録すると決めた。サンケイスポーツによれば、国内の世界遺産は自然遺産を含めて23件目、登録は7年連続になる。仁徳天皇陵など49基の古墳からなり、天皇陵などの陵墓が世界遺産に含まれるのは初めてだという。 古墳群は、古墳時代の最盛期の4世紀後半から5世紀後半に、政治の中心の一つだった大阪平野に築かれた。時事通信によれば、仁徳天皇陵の墳丘の長さは486メートル。三重の濠をめぐらし、クフ王のピラミッド、秦の始皇帝陵とともに「世界三大墳墓」に数えられる。今は森のように見えるが、造られた当時は斜面に石が敷きつめられ、平らな面には埴輪が並んでいたそうだ。 毎日新聞によれば、地元の堺市では市民が歓声を上げ、「鬼ごっこの場所が世界遺産に!」と喜ぶ声も聞かれた。FNNによれば、登録直後の3連休には上空から古墳群を眺める遊覧飛行が行われ、最大で4時間待ちの行列ができたという。 ところで、仁徳天皇陵には「大山古墳」という別の名もある。朝日新聞によれば、考古学での名前と、宮内庁が管理する陵墓としての名前が並んでいるのは、葬られた人を特定するのが難しいからだという。世界遺産の名札の陰に、まだ解けない謎が眠っているわけや。 大坂の者として、これほど嬉しい知らせはない。わたしの時代には、古墳はただの小山や森として、町の暮らしのすぐ隣にあった。それが世界の宝になるとは。夏の夕暮れ、堺の町から仁徳陵の森を眺めてみたくなった。
英国の新50ポンド札はアラン・チューリング。エニグマを解いた数学者、同性愛で罪に問われた悲劇を越えて
イングランド銀行が、新しい50ポンド紙幣の肖像にアラン・チューリングを選んだ。第2次世界大戦でドイツ軍の暗号を解き、コンピューターの基礎を築いた数学者だ。4月に日本の新紙幣が発表されたのに続く、紙幣の話題である。
日本の新紙幣が話題になった春に続いて、今度はイギリスのお札の顔が決まった。ロイターや日本経済新聞によれば、イングランド銀行は7月15日、新しい50ポンド紙幣の肖像に、数学者アラン・チューリング(1912〜1954)を選んだと発表した。2021年末までに発行する予定だという。 CNNによれば、チューリングは第2次世界大戦中、ドイツ軍の暗号を解読した数学者である。ITmediaによれば、ナチス・ドイツの暗号機「エニグマ」の暗号を解く装置の開発や、機械に知性があるかを問う「チューリングテスト」の考案など、初期のコンピューター科学に大きな足跡を残した。いまでは「AIの父」とも呼ばれる。 ただ、その晩年は悲しいものだった。ITmediaによれば、チューリングは同性愛者であることを理由に罪に問われた。当時のイギリスでは同性愛が犯罪とされていたのである。そして41歳の若さで世を去った。Yahoo!ニュースの記事は、戦争を勝利に導いた英雄が、国によって追いつめられたという、その複雑な歩みをたどっている。 お札の顔は、その国が誰を誇りとしたいかを映す鏡や。かつて罪人として扱った人を、今は最高額の紙幣の顔に据える。英国もなかなか思い切ったことをするもんやと思う。償いの意味もあるのやろう。 わしら商人にとって、お札は毎日手にするもの。そこに誰の顔があるかで、その国の歴史の見方がちょっとずつ変わっていく。日本の新しいお札とあわせて、世界の銭の顔ぶれを眺めてみるのも一興や。
英国の新50ポンド札はアラン・チューリング。エニグマを解いた数学者、同性愛で罪に問われた悲劇を越えて
イングランド銀行が、新しい50ポンド紙幣の肖像にアラン・チューリングを選んだ。第2次世界大戦でドイツ軍の暗号を解き、コンピューターの基礎を築いた数学者だ。4月に日本の新紙幣が発表されたのに続く、紙幣の話題である。
日本の新紙幣が話題になった春に続いて、今度はイギリスのお札の顔が決まった。ロイターや日本経済新聞によれば、イングランド銀行は7月15日、新しい50ポンド紙幣の肖像に、数学者アラン・チューリング(1912〜1954)を選んだと発表した。2021年末までに発行する予定だという。 CNNによれば、チューリングは第2次世界大戦中、ドイツ軍の暗号を解読した数学者である。ITmediaによれば、ナチス・ドイツの暗号機「エニグマ」の暗号を解く装置の開発や、機械に知性があるかを問う「チューリングテスト」の考案など、初期のコンピューター科学に大きな足跡を残した。いまでは「AIの父」とも呼ばれる。 ただ、その晩年は悲しいものだった。ITmediaによれば、チューリングは同性愛者であることを理由に罪に問われた。当時のイギリスでは同性愛が犯罪とされていたのである。そして41歳の若さで世を去った。Yahoo!ニュースの記事は、戦争を勝利に導いた英雄が、国によって追いつめられたという、その複雑な歩みをたどっている。 お札の顔は、その国が誰を誇りとしたいかを映す鏡や。かつて罪人として扱った人を、今は最高額の紙幣の顔に据える。英国もなかなか思い切ったことをするもんやと思う。償いの意味もあるのやろう。 わしら商人にとって、お札は毎日手にするもの。そこに誰の顔があるかで、その国の歴史の見方がちょっとずつ変わっていく。日本の新しいお札とあわせて、世界の銭の顔ぶれを眺めてみるのも一興や。
「北海道・北東北の縄文遺跡群」、2度目の世界遺産国内候補に。縄文の終わりに人口が急減したとのDNA研究も
百舌鳥・古市古墳群の登録が決まった7月、次を目指す「北海道・北東北の縄文遺跡群」が、2021年の登録を目指す国内候補に改めて選ばれた。縄文の人々をめぐる新しい研究も相次いでいる。
一つの登録が決まれば、次の候補が控えている。河北新報によれば、国の文化審議会は7月30日、2021年の世界文化遺産登録を目指す推薦候補に、北海道と青森・岩手・秋田の3県にまたがる「北海道・北東北の縄文遺跡群」を選んだ。朝日新聞によれば、昨年の夏にも2020年の候補に決まっていたが、推薦が見送られた経緯があり、選定は2度目になる。産経新聞によれば、ゆかりの東北の自治体からは喜びの声が上がったという。 縄文の人々については、新しい研究も出ている。毎日新聞によれば、現代の日本人男性のDNAを解析したところ、縄文時代の終わりごろに人口が急に減っていたことが分かったという。河北新報によれば、福島市は、市内の上岡遺跡で1952年に出土した国の重要文化財「しゃがむ土偶」のレプリカを作り、観光に生かすことにした。縄文時代後期とみられる、高さ約21センチの土偶である。 北の縄文の地は、かつてわたしが『おくのほそ道』で歩いた道よりも、さらに北にある。三内丸山や大湯の環状列石など、一万年以上も続いた暮らしの跡が点々と残っているという。 縄文の人々は、稲を作らず、森と海の恵みで長い長い時を生きた。その暮らしぶりには、旅に生きた身として、どこか通じ合うものを感じる。季節の移ろいに身をまかせ、自然の中に神を見る。そういう心は、案外いまの日本人の中にも残っているのではないか。 2021年の登録が実現するかどうか。北の空の下、土器や土偶が眠る里を、いつか杖をついて訪ねてみたいものである。
「北海道・北東北の縄文遺跡群」、2度目の世界遺産国内候補に。縄文の終わりに人口が急減したとのDNA研究も
百舌鳥・古市古墳群の登録が決まった7月、次を目指す「北海道・北東北の縄文遺跡群」が、2021年の登録を目指す国内候補に改めて選ばれた。縄文の人々をめぐる新しい研究も相次いでいる。
一つの登録が決まれば、次の候補が控えている。河北新報によれば、国の文化審議会は7月30日、2021年の世界文化遺産登録を目指す推薦候補に、北海道と青森・岩手・秋田の3県にまたがる「北海道・北東北の縄文遺跡群」を選んだ。朝日新聞によれば、昨年の夏にも2020年の候補に決まっていたが、推薦が見送られた経緯があり、選定は2度目になる。産経新聞によれば、ゆかりの東北の自治体からは喜びの声が上がったという。 縄文の人々については、新しい研究も出ている。毎日新聞によれば、現代の日本人男性のDNAを解析したところ、縄文時代の終わりごろに人口が急に減っていたことが分かったという。河北新報によれば、福島市は、市内の上岡遺跡で1952年に出土した国の重要文化財「しゃがむ土偶」のレプリカを作り、観光に生かすことにした。縄文時代後期とみられる、高さ約21センチの土偶である。 北の縄文の地は、かつてわたしが『おくのほそ道』で歩いた道よりも、さらに北にある。三内丸山や大湯の環状列石など、一万年以上も続いた暮らしの跡が点々と残っているという。 縄文の人々は、稲を作らず、森と海の恵みで長い長い時を生きた。その暮らしぶりには、旅に生きた身として、どこか通じ合うものを感じる。季節の移ろいに身をまかせ、自然の中に神を見る。そういう心は、案外いまの日本人の中にも残っているのではないか。 2021年の登録が実現するかどうか。北の空の下、土器や土偶が眠る里を、いつか杖をついて訪ねてみたいものである。
河口慧海
仏典を求めてヒマラヤを越え、日本人で初めてチベットに入ったとされる堺生まれの僧
ヒマラヤを越え、外国人の立ち入りを拒んでいたチベットへ、身分を隠して入り込んだ日本人の僧がいる。河口慧海(1866〜1945)。特集で世界遺産入りを取り上げた古墳の町・堺の生まれである。 黄檗宗で得度したのち、大蔵経を読み込むうちにチベットに伝わる仏典を求める思いが募り、1893年頃にチベット行きを決意する。1897年に神戸を発ち、ネパールで準備を重ねて1900年に国境へ、翌1901年にはラサに到着した。日本人として初めてのチベット入りとされる。日本人であることが露見して1902年に脱出するが、その道中は1904年の『西蔵旅行記』にまとめられ、1909年には英語版『Three Years in Tibet』も出ている。 1914年には再びラサに入り、帰国後は東洋大学などでチベット語を教えた。還暦を機に還俗して在家仏教を説き、晩年はチベット語と日本語の辞典づくりに取り組んでいる。お経ひとつを求めて世界の屋根まで歩いた堺の男、ほんまに痛快な御仁や。『西蔵旅行記』は是非とも手元に置いておきたい一冊である。
河口慧海
仏典を求めてヒマラヤを越え、日本人で初めてチベットに入ったとされる堺生まれの僧
ヒマラヤを越え、外国人の立ち入りを拒んでいたチベットへ、身分を隠して入り込んだ日本人の僧がいる。河口慧海(1866〜1945)。特集で世界遺産入りを取り上げた古墳の町・堺の生まれである。 黄檗宗で得度したのち、大蔵経を読み込むうちにチベットに伝わる仏典を求める思いが募り、1893年頃にチベット行きを決意する。1897年に神戸を発ち、ネパールで準備を重ねて1900年に国境へ、翌1901年にはラサに到着した。日本人として初めてのチベット入りとされる。日本人であることが露見して1902年に脱出するが、その道中は1904年の『西蔵旅行記』にまとめられ、1909年には英語版『Three Years in Tibet』も出ている。 1914年には再びラサに入り、帰国後は東洋大学などでチベット語を教えた。還暦を機に還俗して在家仏教を説き、晩年はチベット語と日本語の辞典づくりに取り組んでいる。お経ひとつを求めて世界の屋根まで歩いた堺の男、ほんまに痛快な御仁や。『西蔵旅行記』は是非とも手元に置いておきたい一冊である。
鬼ごっこ 走った濠の その先が 世界の宝と 今さら知りぬ
─ 堺の鬼ごっこ名人 ─
鬼ごっこ 走った濠の その先が 世界の宝と 今さら知りぬ
─ 堺の鬼ごっこ名人 ─
2019年7月号をお届けします。百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録が、ついに決まりました。大坂の者として、これほど嬉しい知らせはありません。わたしも特集で、仁徳陵の森を思い浮かべながら筆をとりました。 芭蕉翁は、次を目指す北の縄文遺跡群と、縄文の人々の新しい研究を追いかけてくれました。西鶴はんは、英国の新しい50ポンド札の顔に選ばれたアラン・チューリングを取り上げ、お札の顔は国の誇りを映す鏡やと語っております。今月のこんな人は、ヒマラヤを越えてチベットへ仏典を求めた河口慧海です。 かわら版には、東京の三国志展、駿府城そばの武家屋敷跡、板垣退助の没後100年などを並べました。夏本番、古墳めぐりは日よけと水筒をお忘れなく。
2019年7月号をお届けします。百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録が、ついに決まりました。大坂の者として、これほど嬉しい知らせはありません。わたしも特集で、仁徳陵の森を思い浮かべながら筆をとりました。 芭蕉翁は、次を目指す北の縄文遺跡群と、縄文の人々の新しい研究を追いかけてくれました。西鶴はんは、英国の新しい50ポンド札の顔に選ばれたアラン・チューリングを取り上げ、お札の顔は国の誇りを映す鏡やと語っております。今月のこんな人は、ヒマラヤを越えてチベットへ仏典を求めた河口慧海です。 かわら版には、東京の三国志展、駿府城そばの武家屋敷跡、板垣退助の没後100年などを並べました。夏本番、古墳めぐりは日よけと水筒をお忘れなく。