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2020年6月号

バックナンバー
編集長: 木村蒹葭堂(大坂)

特集.txt - メモ帳
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【特集】『麒麟がくる』の長期休止と、光秀ゆかりの町の商魂 ・ 初出: 2020年6月

『麒麟がくる』が大河史上初の長期休止。それでも光秀の町は止まらん、銅像に家紋アイス、ドラゴンズとのコラボまで

撮影の中断が続いた大河ドラマ『麒麟がくる』が、6月7日の放送を最後に休止に入った。長期の休止は大河史上初めて。放送が止まっても、明智光秀ゆかりの町では銅像の除幕や新商品の売り出しが続いている。

まあ聞いてほしい。日曜の夜に麒麟がこんようになった。東京新聞によれば、NHK大河ドラマ『麒麟がくる』は、新型コロナの影響で撮影の中断が続き、7日放送分を最後に休止に入った。長期の休止は大河の歴史で初めてで、再開の時期は決まっていない。NHKは月末に撮影を再開する予定だが、人が密集する合戦の場面をどう撮るかが気がかりだという。 見る側も寂しい。稚内プレスのコラムは、桶狭間の戦いが終わり、これからというところでの休止に、毎週の楽しみを失った喪失感をつづっている。わしも同じ気持ちや。 ところが、光秀ゆかりの町は一歩も引かん。中日新聞によれば、光秀の生誕地との説がある岐阜県可児市の明智城本丸跡に、光秀の銅像が据えられ、13日に除幕式があった。日刊スポーツによれば、光秀が青春時代を過ごしたと伝わる場所で、よろい姿の像だという。可児市は、47NEWSによれば中日ドラゴンズと組んで、光秀とドラゴンズを絡めたグッズまでこしらえた。 食べ物もある。MSNに載った記事によれば、岐阜県大野町の老舗和菓子店が、光秀、信長、道三、半兵衛という岐阜ゆかりの4武将の家紋をかたどったクズのアイスを売り出した。京都府福知山市は、本能寺の変の原因を問うアンケートに3万5千を超す回答を集め、朝日新聞によれば、当選者に「謀反に関する大切なお知らせ」と書いたはがきを送るという。観光経済新聞によれば、これから物語の舞台となる亀岡と福知山は、大河ドラマ館に大勢の客を見込んで、感染対策を整えて客を迎える構えだ。 わしに言わせれば、商いは待ったなしや。ドラマが止まっても、夏の暑さは来るし、アイスは売れる。四百年前に天下を取りそこねた武将が、令和の町では立派に稼ぎ頭をつとめとる。光秀はんも、草葉の陰で苦笑いしとるやろ。

#明智光秀#麒麟がくる#大河ドラマ#明智城#福知山#町おこし
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【特集】盗まれて戻った埴輪と、竹生島に移された大坂城の極楽橋 ・ 初出: 2020年6月

奈良の古墳から盗まれた埴輪、接着剤でつぎはぎされて戻る。竹生島の唐門は秀吉の大坂城「極楽橋」か。文化財の数奇な来歴

奈良県河合町の国史跡・大塚山古墳から円筒埴輪2本が持ち去られ、後日、現場付近に戻された。1本は接着剤で修復されていた。琵琶湖の竹生島では、宝厳寺の唐門などが秀吉の大坂城の「極楽橋」を移築したものである可能性が高まった。

妙な事件である。日本経済新聞によれば、奈良県河合町は3日、国史跡の大塚山古墳(5世紀後半〜6世紀初め)から円筒埴輪2本が持ち去られたと発表した。どちらも後日、現場付近に戻されていた。朝日新聞によれば、古墳には二つの穴が掘られていて、埴輪1体の破片は5日後に、もう1体は約1カ月後に、接着剤でくっつけた状態で置かれていた。県警が調べているという。 毎日放送は、盗掘は今年4月のことで、「なぜか1体は接着剤で修復されていた」と伝えている。さて、盗んだ者が良心の呵責にたえかねて返しに来たのか、それとも持て余して捨てに来たのか。わけは分からぬ。だが、ここは断じておきたい。接着剤でのつぎはぎは、修復ではない。埴輪の割れ口は、それ自体が何百年の来歴を語る証拠であり、素人の手で貼り合わせれば、その証拠を損ねることにもなりかねない。 一方で、長い年月のうちに、別の場所へ移されて生き延びた文化財もある。FNNによれば、琵琶湖の竹生島にある宝厳寺の唐門や観音堂など5棟が、豊臣秀吉が建てた大坂城の「極楽橋」を移築したものである可能性が高いことが分かった。滋賀県が宝厳寺の修理に合わせて調べていたという。 大坂城の極楽橋は、秀吉の時代の城の華やかさを伝える建物とされる。豊臣の大坂城は大坂の陣で焼け落ち、今の石垣の多くは徳川の時代に築き直されたものだ。その豊臣の城の一部が、湖の島にひっそりと残っていたのだとすれば、これほど面白い話はない。もっとも、「可能性が高い」はあくまで可能性である。移築の時期や経緯を記した記録と、建物に残る痕跡とがどこまで合うのか、報告を待ちたい。 盗まれて壊され、つぎはぎで戻った埴輪。城から島へ移されて、四百年生き延びた門。文化財の来歴には、人の手が良くも悪くも深く関わっている。

#埴輪#大塚山古墳#盗掘#極楽橋#竹生島#大坂城
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【特集】寺社と遺跡の拝観再開 ・ 初出: 2020年6月

40日ぶりに東大寺の大仏と対面、四天王寺も六波羅蜜寺も扉を開けた。遺跡の町並みも再開、ゆっくり戻る参拝の日々

緊急事態宣言の解除を受けて、閉じていた寺社や遺跡が少しずつ扉を開けはじめた。奈良の東大寺は40日ぶりに大仏殿の拝観を再開し、大阪の四天王寺、京都の六波羅蜜寺、福井の一乗谷朝倉氏遺跡も再開した。

しばらく会えなかった仏さまに、ようやく会えるようになった。毎日新聞によれば、奈良市の東大寺では、約40日ぶりに大仏殿の拝観が再開され、大仏に祈りをささげる人の姿が見られた。薬師寺や吉野の金峯山寺でも拝観が再開されたという。 大阪でも京都でも扉が開いた。読売新聞によれば、聖徳太子ゆかりの四天王寺(大阪市天王寺区)は8日、4月10日から休止していた金堂や講堂などの拝観を再開した。MSNに載った記事によれば、京都の六波羅蜜寺も宝物館を再開し、各地から訪れた人が、平安時代の中ごろに悪疫退散を祈って病を鎮めたとされる空也上人の立像に向かい、コロナの早い収束を願っていた。口から六体の小さな阿弥陀仏が現れる、あの名高い像である。 遺跡の町並みも戻ってきた。中日新聞によれば、福井市の一乗谷朝倉氏遺跡の復原町並が5日、約2カ月ぶりに再開した。入口で検温し、消毒液を置いて、マスク姿の来場者を迎えたという。東奥日報によれば、青森市の三内丸山遺跡では、ボランティアガイドの案内が20日から再開された。 わたしは旅を住まいとしてきたが、行きたい所へ行けぬ春というのは、さすがにこたえた。旅先で手を合わせる寺や、足を止める古い町並みは、旅の者にとって宿のようなものだ。その宿の戸が一つ一つ開いていくのを、しみじみとうれしく思う。 もっとも、以前のように肩を寄せ合って拝むわけにはいかない。人の少ない時間を選び、静かに手を合わせる。それもまた、この夏ならではの参拝の形なのだろう。

#拝観再開#東大寺#四天王寺#六波羅蜜寺#空也上人#一乗谷朝倉氏遺跡
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【特集】手紙と記録の新発見——芭蕉の書簡、アマビコ、斗南藩、新選組 ・ 初出: 2020年6月

芭蕉が追悼句の直しを指示した書簡、アマビエのルーツ「アマビコ」の最古級の記録。斗南藩士の下宿帳に新選組の屯所の記述まで、紙の新発見が続く

山形県酒田市で、松尾芭蕉が『おくのほそ道』の旅で詠んだ追悼句の修正を指示した書簡が見つかった。福井では「アマビコ」の最古級の記録が、青森では斗南藩士の仮住まいを記した帳面が、京都では新選組の屯所移転に関する文書が確認された。

古い紙は、ときどき思わぬところから出てくる。毎日新聞によれば、松尾芭蕉(1644〜94年)の直筆とみられる書簡が、山形県酒田市で見つかった。芭蕉が『おくのほそ道』の旅で1689年(元禄2年)に羽黒山に滞在した際に記した「天宥追悼句」(県指定文化財)について、その修正を指示する内容だという。句がどう練り直されていったのか、その過程が分かる貴重な発見である。わたしの編集部には当の芭蕉翁がおるわけで、この記事を見せたら、照れくさそうに頭をかいておった。 アマビエの親戚も見つかった。MSNに載った記事によれば、江戸時代の中ごろから今の福井県越前市と南越前町の領地を治めた旗本・金森左京家に伝わる古文書に、アマビエのルーツとされる「アマビコ」が挿絵入りで記されていた。記録には江戸と天保15年(1844年)の年号が見え、アマビコの記録としては最古級だという。 北の地の記録もある。47NEWSによれば、戊辰戦争に敗れた会津藩が斗南藩として再興を許され、1870年(明治3年)に今の青森県むつ市などへ移った際、藩士たちの一時の仮住まい先を記した「斗南様御藩田名部町下宿帳」が、むつ市で見つかった。住まいも定まらぬまま北へ移った人々の暮らしが、一冊の帳面から浮かび上がる。 新選組の謎にも手がかりが出た。MSNに載った京都新聞の記事によれば、西本願寺の古文書から、新選組の屯所の移転に関する記述が見つかった。洛中での最後の拠点がどこだったかは諸説があったが、その論争に決着がつくかもしれないという。 わたしも古い紙を集めてきたが、書き付け一枚、帳面一冊が、人の暮らしや心の動きをこれほど生々しく伝えるのかと、いつも驚かされる。表具された名品だけが宝ではない。反故にされかけた紙の中にこそ、歴史の肉声が残っているのである。

#松尾芭蕉#おくのほそ道#アマビコ#斗南藩#新選組#古文書
かわら版
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歴史かわら版 ・ 2020年06月

高松塚古墳「飛鳥美人」など公開へ 修理完了後初めて

約13年に及んだ修理が今年3月に終わった高松塚古墳の国宝壁画が、7月18日から24日まで、明日香村の仮設修理施設で公開される。修理後、初めての公開となる。

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歴史かわら版 ・ 2020年06月

祭屋台の北斎天井画など80件、特別展「奇才」開幕…21日まで江戸 ...

伊藤若冲や円山応挙、葛飾北斎ら江戸の絵師30人余りの斬新な絵を集めた特別展「奇才―江戸絵画の冒険者たち―」が、休館明けの江戸東京博物館で始まった。

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歴史かわら版 ・ 2020年06月

国内最古のマスク? 江戸後期の「福面」再現

石見銀山資料館が、銀山の採掘で防じん用に使われた江戸時代後期の「福面」を再現して展示している。国内の資料で確認できる「最古のマスク」だという。

山陰中央新報 / 2020-06-21
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歴史かわら版 ・ 2020年06月

奈良時代の出土品から学ぶ 疫病との闘い伝える 平城宮跡資料館/奈良

平城宮跡資料館で、疫病と闘った奈良時代の人々の暮らしを伝える展示「古代のいのり―疫病退散!」が開かれている。木簡や土器など45点が並ぶ。

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歴史かわら版 ・ 2020年06月

新型コロナ 疫病鎮めた伝承の坐像「空海の薬師如来」 県立博物館 ...

空海が造り、疫病を鎮めたと伝わる紀の川市の薬師寺の本尊・薬師如来坐像が、和歌山県立博物館で展示されている。疫病と向き合ってきた歴史を知ってほしいという企画だ。

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歴史かわら版 ・ 2020年06月

沖縄戦 「ごう」の跡で見つかった印鑑 75年経て千葉の遺族へ 6月3日 ...

沖縄県糸満市の壕の跡で見つかった印鑑が、1945年に戦死した千葉県船橋市の男性のものと分かり、75年を経て遺族のもとに届けられた。

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歴史かわら版 ・ 2020年06月

沖縄戦旧日本軍司令部壕、公開を 首里城地下、「平和学ぶ拠点に」

首里城の地下に残る、沖縄戦で旧日本軍の中枢となった第32軍司令部壕を公開し、平和を学ぶ拠点にしてほしいという声が上がっている。

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歴史かわら版 ・ 2020年06月

下仁田・下鎌田遺跡出土 縄文時代の「耳飾」渡来品か

群馬県下仁田町の下鎌田遺跡から出た縄文時代の「玦状耳飾」を分析すると、日本では確認されていない石材だった。中国や朝鮮半島からの渡来品の可能性があるという。

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歴史かわら版 ・ 2020年06月

ほぼ完形の「脚付装飾壺」出土 津山・桑山5号墳、大型で精巧

岡山県津山市の桑山5号墳で、透かし穴のある大型で精巧な「脚付装飾壺」が、ほぼ完全な形で出土した。6世紀後半の円墳の石室入り口付近から見つかったという。

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歴史かわら版 ・ 2020年06月

長岡京・発掘調査 掘立柱建物遺構を発見 宇多上皇・開田院関連 ...

長岡京市の新庁舎建設に伴う発掘で、長岡京期の五条大路の側溝と、平安時代の掘立柱建物の跡が見つかった。宇多上皇ゆかりの開田院に関わる遺構とみられる。

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歴史かわら版 ・ 2020年06月

山梨)めざせ土偶の聖地 釈迦堂遺跡博物館一新

国内有数の土偶の出土数を誇る山梨県の釈迦堂遺跡博物館がリニューアルし、「土偶の聖地」を目指して出土品1116点をすべて展示するという。

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投稿狂歌コーナー ・ お題「麒麟がくる」

麒麟来ず 日曜の夜の さびしさを 光秀アイスで 冷やしてしのぐ

─ 可児の城跡の蝉 ─

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2020年6月号をお届けします。閉じていた寺や博物館が、ひとつ、またひとつと扉を開けはじめたひと月でした。芭蕉翁は40日ぶりの東大寺の大仏や、空也上人の六波羅蜜寺をたずね、行きたい所へ行ける喜びを噛みしめております。 西鶴はんは、大河の休止にもめげずに銅像やアイスをこしらえる光秀ゆかりの町の商魂に感心し、秋成はんは接着剤でつぎはぎされて戻った埴輪に「それは修復やない」と一喝。わたしは芭蕉翁の書簡やアマビコの古文書など、紙の新発見をまとめました。当の芭蕉翁に書簡の記事を見せたら、なんとも言えん顔をしておりました。 かわら版には、修理を終えた高松塚古墳の壁画の公開や、江戸の「最古のマスク」福面の再現などを並べました。梅雨空の下、皆さまどうぞご自愛ください。