蘭奢待の切り取りと帝の静かな怒り——『麒麟がくる』終盤、信長と光秀の亀裂を抉る「朝廷」の影
正親町天皇の静かな怒りと譲位をめぐる駆け引き。正倉院名香・蘭奢待の切り取りが孕む政治的意味を軸に、信長と光秀の決定的な亀裂が描かれる。
長谷川博己演じる明智光秀と染谷将太演じる織田信長が織りなす大河ドラマ『麒麟がくる』が、いよいよ本能寺の変へ向けた最終盤の緊迫の渦へと突入した。第三十八回「丹波攻略命令」前後で視聴者の目を釘付けにしたのは、坂東玉三郎演じる正親町天皇の放つ圧倒的な存在感と、信長による東大寺正倉院の名香「蘭奢待(らんじゃたい)」切り取りの描写である。 天正二年三月、信長は勅許を得て東大寺正倉院に乗り込み、足利義満や義政ら室町歴代将軍も切り取った天下の名香を切り取った。歴史学者・渡邊大門氏のコラムにもある通り、これは単なる風流や香への執着などではなく、武家棟梁としての正統性と天下掌握の意志を朝廷および諸国へ見せつける極めて高度な示威行動であった。ドラマでは、これを冷ややかに見据え「信長は己を何者と思うておるのか」と静かな怒りを滲ませる正親町帝の姿が描かれ、いわゆる「朝廷黒幕説」をも想起させる濃密なサスペンスを生み出している。 信長を天下平定の希望と仰いできた光秀の胸中には、帝への不遜な態度や、キリスト教宣教師との接近を経て急速に絶対者へと変貌していく主君への決定的な違和が兆し始めた。「わしはどこまでも十兵衛ぞ」と言い聞かせながら丹波攻めの泥沼に身を投じる光秀と、神の領域へと踏み出そうとする信長。右筆として信長公の威容を間近に記してきた身としても、この時期の公の凄烈な歩みと周囲の息詰まる空気感の再現ぶりには目を見張るものがある。天下静謐への道がどこで狂気を帯びていったのか、最後まで見届けねばなるまい。
蘭奢待の切り取りと帝の静かな怒り——『麒麟がくる』終盤、信長と光秀の亀裂を抉る「朝廷」の影
正親町天皇の静かな怒りと譲位をめぐる駆け引き。正倉院名香・蘭奢待の切り取りが孕む政治的意味を軸に、信長と光秀の決定的な亀裂が描かれる。
長谷川博己演じる明智光秀と染谷将太演じる織田信長が織りなす大河ドラマ『麒麟がくる』が、いよいよ本能寺の変へ向けた最終盤の緊迫の渦へと突入した。第三十八回「丹波攻略命令」前後で視聴者の目を釘付けにしたのは、坂東玉三郎演じる正親町天皇の放つ圧倒的な存在感と、信長による東大寺正倉院の名香「蘭奢待(らんじゃたい)」切り取りの描写である。 天正二年三月、信長は勅許を得て東大寺正倉院に乗り込み、足利義満や義政ら室町歴代将軍も切り取った天下の名香を切り取った。歴史学者・渡邊大門氏のコラムにもある通り、これは単なる風流や香への執着などではなく、武家棟梁としての正統性と天下掌握の意志を朝廷および諸国へ見せつける極めて高度な示威行動であった。ドラマでは、これを冷ややかに見据え「信長は己を何者と思うておるのか」と静かな怒りを滲ませる正親町帝の姿が描かれ、いわゆる「朝廷黒幕説」をも想起させる濃密なサスペンスを生み出している。 信長を天下平定の希望と仰いできた光秀の胸中には、帝への不遜な態度や、キリスト教宣教師との接近を経て急速に絶対者へと変貌していく主君への決定的な違和が兆し始めた。「わしはどこまでも十兵衛ぞ」と言い聞かせながら丹波攻めの泥沼に身を投じる光秀と、神の領域へと踏み出そうとする信長。右筆として信長公の威容を間近に記してきた身としても、この時期の公の凄烈な歩みと周囲の息詰まる空気感の再現ぶりには目を見張るものがある。天下静謐への道がどこで狂気を帯びていったのか、最後まで見届けねばなるまい。
現生人類はいつ日本列島に来たのか。長野の石器、北上の「蝦夷の赤い甕」、福岡の玉虫の馬具から古代を探る
長野県の山中の遺跡で、現生人類が日本列島にやってきた時期を探る鍵となる石器が見つかった。岩手県北上市では「蝦夷」の土器を集めた特別展、福岡県古賀市では玉虫の羽で飾った馬具に注目した展示が開かれている。
わたしたちの祖先は、いつ、どこからこの列島に渡ってきたのか。日本経済新聞によれば、長野県の山中の遺跡でこの夏、考古学や人類学の大きなテーマに関わる貴重な発見があった。アフリカを出てユーラシア大陸を渡ってきた現生人類が、いつ日本列島にたどり着いたのか。その鍵を握る石器が出土したという。 さて、ここは慎重に読みたい。石器は、それを作った人の骨とは違う。石器の作り方や年代から、現生人類のものだと推し量るのであって、ここには必ず推論が挟まる。「鍵を握る」という表現は、答えそのものではなく、答えに近づくための手がかりだということを忘れてはなるまい。 東北の古代にも光が当たっている。47NEWS(岩手日報)によれば、岩手県北上市の市立博物館は、特別展「蝦夷の赤い甕―最強の蝦夷は和賀川にいた―」を開いている。和賀川の流域を中心に出土した土器から、朝廷と戦った蝦夷の姿を探る展示である。「最強の蝦夷」という副題は勇ましいが、土器から戦の強さまで語れるのかどうか、展示でじっくり確かめたいところだ。 九州では、古墳時代の豪華な馬具が注目を集めている。毎日新聞によれば、福岡県古賀市立歴史資料館で、国史跡・船原古墳の出土品展が開かれ、国内で初めて見つかった玉虫の羽で飾った馬具に注目が集まっている。玉虫の羽の装飾といえば法隆寺の玉虫厨子が名高いが、それを馬具に用いた例は珍しい。 石器、土器、馬具。いずれも、古代の人々の営みを伝える確かな物である。確かな物から、どこまで確かなことが言えるのか。その線引きを丁寧に守ってこそ、古代史は面白くなる。
現生人類はいつ日本列島に来たのか。長野の石器、北上の「蝦夷の赤い甕」、福岡の玉虫の馬具から古代を探る
長野県の山中の遺跡で、現生人類が日本列島にやってきた時期を探る鍵となる石器が見つかった。岩手県北上市では「蝦夷」の土器を集めた特別展、福岡県古賀市では玉虫の羽で飾った馬具に注目した展示が開かれている。
わたしたちの祖先は、いつ、どこからこの列島に渡ってきたのか。日本経済新聞によれば、長野県の山中の遺跡でこの夏、考古学や人類学の大きなテーマに関わる貴重な発見があった。アフリカを出てユーラシア大陸を渡ってきた現生人類が、いつ日本列島にたどり着いたのか。その鍵を握る石器が出土したという。 さて、ここは慎重に読みたい。石器は、それを作った人の骨とは違う。石器の作り方や年代から、現生人類のものだと推し量るのであって、ここには必ず推論が挟まる。「鍵を握る」という表現は、答えそのものではなく、答えに近づくための手がかりだということを忘れてはなるまい。 東北の古代にも光が当たっている。47NEWS(岩手日報)によれば、岩手県北上市の市立博物館は、特別展「蝦夷の赤い甕―最強の蝦夷は和賀川にいた―」を開いている。和賀川の流域を中心に出土した土器から、朝廷と戦った蝦夷の姿を探る展示である。「最強の蝦夷」という副題は勇ましいが、土器から戦の強さまで語れるのかどうか、展示でじっくり確かめたいところだ。 九州では、古墳時代の豪華な馬具が注目を集めている。毎日新聞によれば、福岡県古賀市立歴史資料館で、国史跡・船原古墳の出土品展が開かれ、国内で初めて見つかった玉虫の羽で飾った馬具に注目が集まっている。玉虫の羽の装飾といえば法隆寺の玉虫厨子が名高いが、それを馬具に用いた例は珍しい。 石器、土器、馬具。いずれも、古代の人々の営みを伝える確かな物である。確かな物から、どこまで確かなことが言えるのか。その線引きを丁寧に守ってこそ、古代史は面白くなる。
生誕600年の雪舟、山口で大回顧展、来年は岡山に国宝「四季山水図巻」。根津美術館の国宝展、家光の墨絵の発見も
生誕600年を迎えた画僧・雪舟の展覧会が山口県立美術館で開かれ、来年2月には最高傑作の国宝「四季山水図巻」が雪舟の故郷・岡山で公開される。東京の根津美術館では国宝・重要文化財展が開かれ、徳川家光が描いた墨絵も見つかった。
雪舟が生まれて、今年で600年になる。artexhibitionによれば、山口県立美術館で「雪舟600年」展が10月31日から12月21日まで開かれている。雪舟が晩年を過ごした山口で、タブレット端末のガイドなど工夫を凝らした展示で、その画業をたどる。 故郷の岡山でも、大きな知らせがあった。山陽新聞によれば、雪舟の最高傑作とされる国宝「四季山水図巻(山水長巻)」が、来年2月に岡山県立美術館で公開される。雪舟は、今の岡山県総社市の出身とされる。長さ16メートルにも及ぶ図巻に、四季の移ろいを描き切った大作が、故郷に里帰りするわけである。 東京でも名品に出会える。朝日新聞によれば、根津美術館では「根津美術館の国宝・重要文化財」展が開かれている。明治維新で旧来の秩序が崩れ、廃仏毀釈に苦しむ寺院から古美術品が海外に流れ出す危機のなかで、鉄道王の根津嘉一郎が集め、後世に残した逸品である。 わたしも書画を集めてきた身として、根津嘉一郎の気持ちはよく分かる。ええものが散り散りになり、海の向こうへ流れていくのを、黙って見てはおれん。集めて、守って、次の世に渡す。それが集める者のつとめやと思う。 意外な名品も見つかった。Yahoo!ニュース(共同通信)によれば、3代将軍徳川家光が描いた竹とスズメの墨絵が見つかった。家光は絵を好んだ将軍として知られ、その作風は優しげだという。天下を治めた将軍の、筆をとったときの素顔がのぞく一枚である。
生誕600年の雪舟、山口で大回顧展、来年は岡山に国宝「四季山水図巻」。根津美術館の国宝展、家光の墨絵の発見も
生誕600年を迎えた画僧・雪舟の展覧会が山口県立美術館で開かれ、来年2月には最高傑作の国宝「四季山水図巻」が雪舟の故郷・岡山で公開される。東京の根津美術館では国宝・重要文化財展が開かれ、徳川家光が描いた墨絵も見つかった。
雪舟が生まれて、今年で600年になる。artexhibitionによれば、山口県立美術館で「雪舟600年」展が10月31日から12月21日まで開かれている。雪舟が晩年を過ごした山口で、タブレット端末のガイドなど工夫を凝らした展示で、その画業をたどる。 故郷の岡山でも、大きな知らせがあった。山陽新聞によれば、雪舟の最高傑作とされる国宝「四季山水図巻(山水長巻)」が、来年2月に岡山県立美術館で公開される。雪舟は、今の岡山県総社市の出身とされる。長さ16メートルにも及ぶ図巻に、四季の移ろいを描き切った大作が、故郷に里帰りするわけである。 東京でも名品に出会える。朝日新聞によれば、根津美術館では「根津美術館の国宝・重要文化財」展が開かれている。明治維新で旧来の秩序が崩れ、廃仏毀釈に苦しむ寺院から古美術品が海外に流れ出す危機のなかで、鉄道王の根津嘉一郎が集め、後世に残した逸品である。 わたしも書画を集めてきた身として、根津嘉一郎の気持ちはよく分かる。ええものが散り散りになり、海の向こうへ流れていくのを、黙って見てはおれん。集めて、守って、次の世に渡す。それが集める者のつとめやと思う。 意外な名品も見つかった。Yahoo!ニュース(共同通信)によれば、3代将軍徳川家光が描いた竹とスズメの墨絵が見つかった。家光は絵を好んだ将軍として知られ、その作風は優しげだという。天下を治めた将軍の、筆をとったときの素顔がのぞく一枚である。
来年は武田信玄の生誕500年、甲府へ狼煙リレー。桶狭間は謎解きゲーム、長宗我部元親のラリーも10周年
2021年に生誕500年を迎える武田信玄にちなみ、山梨県などがロゴマークを決め、狼煙リレーが初めて甲府を終点にする。桶狭間ではスマホの謎解き、高知では長宗我部元親のスタンプラリー。戦国武将は、今も町の稼ぎ頭である。
甲斐の虎が、来年で生誕500年になる。日本経済新聞によれば、2021年11月に武田信玄が生誕500年を迎えるのに合わせ、山梨県知事を会長とする記念事業の実行委員会がロゴマークを決めた。長野日報によれば、信玄ゆかりの地を結ぶ狼煙リレーが、来年は初めて甲府市を終点にする。山梨県では、来年の春から秋にかけて各種の催しを計画しているという。 ほかの戦国武将も負けてはいない。中日新聞によれば、織田信長と今川義元が戦った桶狭間の戦いゆかりの愛知県豊明市で、スマートフォンやタブレット端末を手に史跡をめぐる、拡張現実(AR)の謎解きゲームの配信が始まる。47NEWS(高知新聞)によれば、高知県南国市では、市内の観光施設などをめぐる「長宗我部元親ラリー」が始まった。今回で10周年だそうだ。 元親ゆかりの建物も手入れが進む。FNNによれば、高知市の国の重要文化財・土佐神社では「令和の大修理」の見学会が開かれた。今の社殿は、長宗我部元親が1571年に再建したものだという。 わしに言わせれば、戦国武将ほど息の長い商売の種はない。五百年前の人やのに、ロゴを作ればグッズが売れ、狼煙を上げれば人が集まり、ゲームにすれば若い客がスマホ片手に史跡を歩く。狼煙リレーなんぞ、昔は敵の襲来を知らせる合図やったのが、今は客を呼ぶ合図になっとる。 来年は信玄の年。甲州の商人たちが、この節目をどう稼ぎに変えるか。わしも帳面片手に、じっくり見物させてもらうで。
来年は武田信玄の生誕500年、甲府へ狼煙リレー。桶狭間は謎解きゲーム、長宗我部元親のラリーも10周年
2021年に生誕500年を迎える武田信玄にちなみ、山梨県などがロゴマークを決め、狼煙リレーが初めて甲府を終点にする。桶狭間ではスマホの謎解き、高知では長宗我部元親のスタンプラリー。戦国武将は、今も町の稼ぎ頭である。
甲斐の虎が、来年で生誕500年になる。日本経済新聞によれば、2021年11月に武田信玄が生誕500年を迎えるのに合わせ、山梨県知事を会長とする記念事業の実行委員会がロゴマークを決めた。長野日報によれば、信玄ゆかりの地を結ぶ狼煙リレーが、来年は初めて甲府市を終点にする。山梨県では、来年の春から秋にかけて各種の催しを計画しているという。 ほかの戦国武将も負けてはいない。中日新聞によれば、織田信長と今川義元が戦った桶狭間の戦いゆかりの愛知県豊明市で、スマートフォンやタブレット端末を手に史跡をめぐる、拡張現実(AR)の謎解きゲームの配信が始まる。47NEWS(高知新聞)によれば、高知県南国市では、市内の観光施設などをめぐる「長宗我部元親ラリー」が始まった。今回で10周年だそうだ。 元親ゆかりの建物も手入れが進む。FNNによれば、高知市の国の重要文化財・土佐神社では「令和の大修理」の見学会が開かれた。今の社殿は、長宗我部元親が1571年に再建したものだという。 わしに言わせれば、戦国武将ほど息の長い商売の種はない。五百年前の人やのに、ロゴを作ればグッズが売れ、狼煙を上げれば人が集まり、ゲームにすれば若い客がスマホ片手に史跡を歩く。狼煙リレーなんぞ、昔は敵の襲来を知らせる合図やったのが、今は客を呼ぶ合図になっとる。 来年は信玄の年。甲州の商人たちが、この節目をどう稼ぎに変えるか。わしも帳面片手に、じっくり見物させてもらうで。
狼煙あげ 敵の来るのを 知らせしが 今は客来る 知らせとなりぬ
─ 甲府の狼煙番 ─
狼煙あげ 敵の来るのを 知らせしが 今は客来る 知らせとなりぬ
─ 甲府の狼煙番 ─
2020年12月号をお届けします。コロナに振り回された一年が暮れようとしています。大河『麒麟がくる』は放送期間が延びて年を越すことになり、太田牛一どのが信長の蘭奢待の切り取りと、正親町帝の静かな怒りを読み解いてくれました。 秋成はんは長野の石器や北上の蝦夷の土器に、「確かな物からどこまで言えるか」と線を引き、西鶴はんは来年の武田信玄の生誕500年を前に、戦国武将の町おこしの勘定をはじいております。わたしは雪舟の生誕600年と根津美術館の国宝展を担当しました。 かわら版には、三国同盟を受けた海軍将校の訓示、聚楽第の場所探し、親鸞の遠忌の記録などを並べました。どうぞ穏やかな年の瀬をお迎えくださいませ。
2020年12月号をお届けします。コロナに振り回された一年が暮れようとしています。大河『麒麟がくる』は放送期間が延びて年を越すことになり、太田牛一どのが信長の蘭奢待の切り取りと、正親町帝の静かな怒りを読み解いてくれました。 秋成はんは長野の石器や北上の蝦夷の土器に、「確かな物からどこまで言えるか」と線を引き、西鶴はんは来年の武田信玄の生誕500年を前に、戦国武将の町おこしの勘定をはじいております。わたしは雪舟の生誕600年と根津美術館の国宝展を担当しました。 かわら版には、三国同盟を受けた海軍将校の訓示、聚楽第の場所探し、親鸞の遠忌の記録などを並べました。どうぞ穏やかな年の瀬をお迎えくださいませ。