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2022年1月号

バックナンバー
編集長: 木村蒹葭堂(大坂)

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【特集】平清盛の再評価と大河『鎌倉殿の13人』 ・ 初出: 2022年1月

悪役・平清盛は誰が作ったか——『鎌倉殿の13人』開幕の月に読み直す、貿易王と院政の攻防

大河『鎌倉殿の13人』の放送が始まり、源平の時代に光が当たる。敵役の定番・平清盛には、貿易で国を富ませた経済人の顔もある。あの悪役像は、いったいどこから来たのか。

1月、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の放送が始まった。主役は北条義時だが、頼朝が挙兵する前の世を握っていたのは平家である。それもあってか、今月はあちこちの媒体が平清盛を取り上げていた。 清盛といえば、息子の重衡に命じて興福寺・東大寺を焼き討ちさせ、孫の安徳天皇を満1歳で位につけて政治を操った横暴の人、というのが通り相場だ。『平家物語』の「驕れる者も久しからず」は、まさにこうした振る舞いを指している。 ところが、nippon.comの記事が描く清盛はまるで別人である。父・忠盛から肥前の神崎庄を受け継ぎ、宋の船の安全を保障することで瀬戸内海の利権を握った。私財を投じて大輪田泊(いまの神戸港の西側)を整え、宋銭を持ち込んだ。その銭が国内に出回り、物々交換から貨幣経済への転換が進んだという。1168年の厳島神社社殿の造営も、装飾経の最高峰とされる平家納経も、この財力あってのものだ。 なぜそれほどの財が要ったのか。JBpressの連載は、院政の正体を「権益の分捕り合戦」と言い切る。白河上皇は寺を隠れ蓑にして荘園を集め、その莫大な資産は白河、鳥羽、後白河と受け継がれた。清盛が孫の安徳天皇にこの資産を継がせる流れを作ろうとしたのだとすれば、閨閥づくりも「悪逆」というより、冷徹な政略に見えてくる。清盛が台頭する足がかりとなった1156年の保元の乱も、もとは鳥羽上皇が崇徳天皇を皇統から外したことに始まる、皇室と摂関家の内輪もめだった。 では、悪役像はでっち上げなのか。そう言い切るのも早計というものだ。焼き討ちも幼帝の擁立も史実である。問題は、それらを語り継いだ『平家物語』が、滅びた一門の盛衰を因果の物語として編み上げた読み物だという点にある。激情の父を息子・重盛がいさめる名場面も、物語の中の親子の姿だ。物語は人を記憶に残すが、同時に人を型にはめる。 物語を書いてきた身として言わせてもらえば、悪役ほど書いて面白いものはない。大河がこれから描く頼朝や義時も、いずれ誰かの筆で善玉にも悪玉にもされるだろう。清盛の二つの顔は、その格好の見本である。

#平清盛#平家物語#院政#日宋貿易#鎌倉殿の13人#大河ドラマ
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【特集】吉原遊郭の面影と遊女の文化 ・ 初出: 2022年1月

北枕にならない町、吉原——若者が歩きはじめた遊郭跡と、花魁が背負った日本文化の表と裏

漫画やアニメの人気もあって、東京・千束の吉原跡を歩く若い人が増えているという。遺構に残る仕掛けと、遊女たちが担った文化の厚み、その元手の出どころ。色里の歴史を町人の目で歩いてみる。

好色ものを書いて世に出た身としては、この話題を素通りするわけにいかない。東京新聞が、東京・千束の吉原跡を地元の人と歩く企画を載せていた。案内役は奥浅草観光協会の不破利郎さん。祖父は同じ場所で妓楼「三笠楼」を営んでいたという。江戸時代から昭和の半ばまで続いた遊郭の跡に、いま若い観光客が増えている。背景には『鬼滅の刃』遊郭編など、漫画やアニメの人気があるらしい。 跡地には仕掛けがそのまま残っている。大通りから中が見えないよう曲げたS字の道、客がここで身なりを整えたという衣紋坂、堀の脇に残る石垣。広さは東京ドーム2個分ほどで、敷地は地図の上で斜めに傾いている。どの妓楼で寝ても北枕にならないように、という配置だそうだ。敷地はいまより2メートルほど高く、周りを堀で囲まれていた。 なぜそこまで凝ったのか。現代ビジネスで堀井憲一郎さんが紹介する田中優子『遊廓と日本人』によれば、吉原は「仕組まれた」テーマパークだった。日常から切り離された空間に、通人になるための面倒な決まりごとがあり、「粋」か「通」かという独自の物差しがあった。最上位の花魁は茶の湯、生け花、和歌、漢詩、俳諧に通じ、大名や豪商を相手にする文化サロンの主でもあったという。 ここで算盤をはじかずにはいられない。これだけの教養を仕込み、町ごと舞台装置に仕立てる元手は、客の財布から回収するしかない。粋も通も、言ってしまえば高い揚げ代を気持ちよく払わせる仕掛けである。そして、その帳尻を最後に背負わされたのは、前借りの金に縛られた遊女たちだった。華やかな文化と身売りの現実は、同じ一枚の表と裏なのだ。 明治の作家・樋口一葉は、世に出る前、東京の下町で駄菓子と雑貨の店を開いていた。店に来る子どもたちを見つめた経験が、吉原の近くで暮らす子どもたちを描いた『たけくらべ』に生きたとされる。遊郭の塀の外にも、町の暮らしはあったわけだ。跡地を歩くなら、衣紋坂でいっぺん足を止めて、塀の内と外の両方を思い浮かべてみるといい。

#吉原#遊郭#花魁#江戸文化#樋口一葉#たけくらべ
かわら版
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歴史かわら版 ・ 2022年01月

東京藝術大学大学美術館、“天平美術”に着目したコレクション展

東京藝術大学大学美術館が、4月から「天平の誘惑」と題したコレクション展を開くそうな。奈良時代の《月光菩薩坐像》から狩野芳崖の《悲母観音》まで、藝大の蔵出しの名品が並ぶらしい。

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歴史かわら版 ・ 2022年01月

いまを生きる私たちに響く、日蓮のことば|じんぶん堂

昨年、降誕800年の節目を迎えた日蓮の手紙を読み解く『ことのは 日蓮の手紙』(木村中一著、平凡社)の紹介。残る遺文はおよそ450点で女性あての手紙も多く、強面の印象とは違う筆まめぶりがうかがえるらしい。

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歴史かわら版 ・ 2022年01月

特別展「最澄と天台宗のすべて」が京都国立博物館に。4月12日~5月22日

伝教大師最澄の1200年大遠忌を記念した特別展「最澄と天台宗のすべて」が、東京・九州に続く最終会場として4月12日から京都国立博物館で開かれる。国宝23件を含む130件に、根本中堂の再現展示まであるとか。

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歴史かわら版 ・ 2022年01月

節目の年に 梅玉「大好きな」綱豊役 二月歌舞伎座「元禄忠臣蔵」

歌舞伎座の二月大歌舞伎で、中村梅玉が「元禄忠臣蔵」の「御浜御殿綱豊卿」に出る。のちの六代将軍・家宣となる綱豊は、襲名30年目の節目に迎える6回目の当たり役。赤穂浪士・富森助右衛門とのせりふの応酬が見ものらしい。

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歴史かわら版 ・ 2022年01月

ついに開館。大阪中之島美術館の膨大な収蔵品を「超コレクション展」で見る

大阪中之島美術館が2月2日に開館し、「超コレクション展」で幕を開ける。佐伯祐三《郵便配達夫》やモディリアーニの裸婦など、山本發次郎コレクションをはじめ長年かけて集めた収蔵品がずらりと並ぶそうだ。

今月のこんな人.txt - メモ帳
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今月のこんな人、知っていますか?

中野武営

香川県を愛媛県から独立させ、渋沢栄一の盟友として東京の財界を率いた高松藩士

「香川県独立の父」と聞いて、首をかしげる人は多いやろう。県が独立とは穏やかでないが、明治の香川県は一時、愛媛県に組み込まれていた。その香川を取り戻した立役者が、中野武営(1848〜1918)である。 高松藩士の家に生まれ、明治に入ると愛媛県会の議長として香川の分離に奔走した。1888年12月、香川県を再び置く勅令が出る。1890年の第1回総選挙では香川から衆議院議員に選ばれ、やがて活躍の場を東京に移した。東京株式取引所の理事長を12年、東京商業会議所の会頭を渋沢栄一の後を継いで13年務めている。 面白いのは渋沢との二人三脚ぶりだ。1909年には渋沢を団長とする渡米実業団に加わり、全米およそ60の都市を回った。明治神宮の創建や理化学研究所の設立にも、二人そろって力を尽くしている。渋沢が「良き助言者」なら、中野は「良き実行者」だったという。地元の香川では、この月にテレビの特別番組も組まれた。わたしも全国の文人と手紙でつながってきたクチやけど、旗振り役と実務役がこうもがっちり噛み合う間柄は、ほんまにうらやましい。

#中野武営#香川県#高松藩#渋沢栄一#明治時代#実業家
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2022年1月号をお届けします。今年の大河は『鎌倉殿の13人』。源平から鎌倉へ、武士の世の始まりを一年かけて追いかける年になりそうです。 手始めに秋成さんが、平清盛の悪役像を『平家物語』までさかのぼって洗い直しました。西鶴さんは、若い人が歩きはじめたという吉原の跡へ。こんな人のコーナーでは、香川県を愛媛県から取り戻した高松藩士・中野武営を紹介しています。 かわら版は、春の最澄展に藝大の「天平の誘惑」、二月歌舞伎の「元禄忠臣蔵」と、先の楽しみが並びました。なかでも、わたしの地元・大坂に中之島美術館が開くのは、ほんまにうれしい話。集めに集めた収蔵品と聞けば、蒐集好きの血が騒がずにはおれません。