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2022年11月号

バックナンバー
編集長: 木村蒹葭堂(大坂)

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【特集】大河『鎌倉殿の13人』源実朝暗殺と源仲章 ・ 初出: 2022年11月

公暁は誰と間違えて斬ったのか——実朝暗殺、源仲章の横死と鶴岡八幡宮の「平家一門」

大河『鎌倉殿の13人』で、源実朝が鶴岡八幡宮で甥の公暁に討たれた。巻き添えで斬られた源仲章とは何者だったのか。八幡宮に集まっていた平家ゆかりの僧たちの影とあわせて、鎌倉最大の暗殺事件を読み直す。

11月の『鎌倉殿の13人』は、鎌倉最大の悲劇を描いた。建保7年(1219)1月27日、右大臣拝賀の儀を終えて鶴岡八幡宮の石段を下りる源実朝を、甥の公暁が襲う。実朝とともに命を落としたのが、源仲章である。 仲章はドラマでは慇懃で鼻持ちならない男として描かれ、最期の叫びまで視聴者を沸かせた。だがJBpressで西股総生氏は「実はデキる人だった」と書く。宇多源氏の出で、文章博士として院の近臣を務めてきた家柄。本人も後鳥羽上皇に仕えて従四位上に任じられた、実務官僚としては第一級の人物だった。実朝の学問の師として鎌倉に招かれ、政所の筆頭として署名し、上洛のたびに後鳥羽上皇のもとへ伺候している。実朝にとっては、京とのいちばん太いパイプだったわけだ。 その仲章がなぜ斬られたのか。『愚管抄』は、公暁が仲章を北条義時だと思い込んで斬ったと伝える。西股氏は、この取り違えが偶然とは考えにくいと指摘している。 もう一つ、サライ.jpの記事が紹介するのが鶴岡八幡宮の内情だ。『鶴岡八幡宮社務職次第』によれば、公暁に加担して職を改められた供僧3人は、八幡宮の名簿に「平家一門」と記されていた。事件の2日後に取り調べを受けた5人のうち4人も平家の出で、うち1人は平重衡の子と記録されている。彼らが八幡宮に入ったのは、北条時政や梶原景時らの推挙によるものだったという。 さて、どう読むか。義時黒幕説、三浦義村黒幕説、平家の残党による意趣返し説。どれも面白いが、どれも決め手を欠く。史料が語るのは、取り違えがあったこと、平家ゆかりの僧が加担していたことまでで、誰が糸を引いたかは語らない。語られない部分を物語で埋めたくなるのが人情だが、そこで踏みとどまるのが考証の務めである。 一つ確かなのは、この事件で京と鎌倉をつなぐ糸が一度に切れたことだ。婦人公論.jpの連載で本郷和人氏が書くように、実朝の死後、皇子を次の将軍に迎える話は、後鳥羽上皇が「実朝を殺害したような物騒なところ」へは出せないと拒んで立ち消えになる。仲章の死は、その糸の結び目の一つが断たれたことでもあった。

#源実朝#公暁#源仲章#鶴岡八幡宮#鎌倉殿の13人#大河ドラマ
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【特集】没後60年 ジャン・コクトー映画祭 ・ 初出: 2022年11月

「芸術のデパート」ジャン・コクトー、没後60年を前に銀幕へ——『詩人の血』から『オルフェ』まで4作がよみがえる

詩、小説、舞台、絵画、映画と、あらゆる分野を渡り歩いたフランスの芸術家ジャン・コクトー。没後60年を前に、ゆかりの映画4本をデジタル修復で上映する映画祭が12月30日から開かれる。

一人でなんでもこなしてしまう人を、日本では「デパート」と呼ぶことがある。ジャン・コクトー(1889〜1963)には「芸術のデパート」というあだ名がついている。詩、小説、舞台、絵画、映画。ジャンルの垣根を軽々と越えて活躍したこの芸術家の没後60年を前に、「没後60年 ジャン・コクトー映画祭」が12月30日から東京・恵比寿のYEBISU GARDEN CINEMAほかで順次開かれると、11月30日に各紙が伝えた。 上映は4本。初監督作の『詩人の血』(1932年)、ロベール・ブレッソンが監督しコクトーが台詞を手がけた『ブローニュの森の貴婦人たち』(1944年)、『美女と野獣』(1946年)、『オルフェ』(1950年)。いずれもモノクロで、『詩人の血』と『美女と野獣』は4Kデジタルリマスター版での初上映になるという。 日本とのかかわりも深い。CINRAの記事によれば、コクトーの作品は堀口大學によって訳され、三島由紀夫、堀辰雄、寺山修司、澁澤龍彦らに影響を与えたとされる。戦前には世界一周の途中で日本にも立ち寄っている。 書画に本草、酒造りに蒐集と、あれこれ手を出してきた身としては、「デパート」と呼ばれた人には勝手に親しみを覚えてしまう。ただ、手当たり次第に手を出すのと、どの分野でも後世に残る仕事をするのとでは、まるで話が違う。コクトーは紛れもなく後者の人だった。わたしのサロンに来てくれていたら、どんな話をしたやろうか。 鏡をくぐり抜けてあの世へ向かう『オルフェ』の詩人のように、年の瀬の映画館の暗がりで、20世紀の芸術家の頭の中をのぞいてみたい。

#ジャン・コクトー#フランス映画#映画史#美女と野獣#オルフェ#20世紀美術
かわら版
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歴史かわら版 ・ 2022年11月

人吉市出身の音楽家・犬童球渓の功績、尚絅大准教授ら研究中間報告

「旅愁」「故郷の廃家」の訳詞で知られる人吉市出身の音楽家・犬童球渓(1879〜1943)の功績を、尚絅大短期大学部の森みゆき准教授らが研究中。10月29日には犬童球渓記念館で中間報告会が開かれたそうな。

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歴史かわら版 ・ 2022年11月

小川未明童話音楽劇「月の明るい夜に」上演 800人魅了

童話作家・小川未明の生誕140周年を記念した童話音楽劇「月の明るい夜に」が、新潟県上越市で初めて上演され、約800人が拍手を送った。未明が幼い娘に語り聞かせる形で、「月」にちなむ童話4編をつないだ舞台らしい。

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歴史かわら版 ・ 2022年11月

この座敷に花魁は永遠に来ない──十返舎一九『東海道中膝栗毛』と都会コンプレックス

作詞家の児玉雨子さんが江戸の戯作を読む連載「江戸POP道中文字栗毛」の最終回は、十返舎一九『東海道中膝栗毛』。弥次郎兵衛と喜多八の失敗譚に、江戸から続く「都会コンプレックス」を読み取っているらしい。

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今月のこんな人、知っていますか?

菅江真澄

三河を出て北国をめぐり、土地の暮らしを絵と文で書き留めつづけた江戸の旅人

わたしの旅からおよそ百年ののち、同じように北をめざして歩きつづけた男がいる。菅江真澄(1754〜1829)である。 三河国の生まれで、本名は白井秀雄。天明3年(1783)に郷里をあとにし、信濃、越後をへて出羽、陸奥、さらに蝦夷地まで、日本の北辺をめぐった。享和元年(1801)からは久保田藩(秋田)に仕え、そのまま秋田の地にとどまって各地を歩いた。最期は旅先の角館で迎えたと伝わる。 残した紀行文や日記、図絵は百冊を超える。行く先々で出会った祭りや年中行事、家の造り、道具、草木を、文章と素朴な絵で細かく記録した。自筆の『真澄遊覧記』89冊は、1991年に国の重要文化財に指定されている。のちに柳田國男らが高く評価し、「民俗学の祖」とも呼ばれるようになった。 わたしの旅は句を詠むための旅だったが、真澄の旅は、名もない人々の暮らしを書き残すための旅だったように思う。名所旧跡より、囲炉裏ばたの話に耳を傾けた人なのだろう。かわら版で触れた『東海道中膝栗毛』の弥次さん喜多さんとは、同じ江戸の旅人でもずいぶん趣が違う。杖を止めた村々の暮らしが、いまも彼の絵の中で息づいている。

#菅江真澄#民俗学#紀行#秋田#江戸時代#旅
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書籍紹介 ・ 『源実朝 「東国の王権」を夢見た将軍』坂井孝一著

「文弱の傀儡」から独自の王権を志向した将軍へ——坂井孝一『源実朝 「東国の王権」を夢見た将軍』

若くして鶴岡八幡宮に散った悲劇の歌人・源実朝。和歌の精読と政治情勢の緻密な分析から「八百年来の誤解」を覆し、朝廷と渡り合い親裁を目指した真の君主像を浮き彫りにする。

講談社選書メチエより刊行された坂井孝一氏の『源実朝 「東国の王権」を夢見た将軍』は、北条氏の傀儡として無力感のなか和歌に逃避し、甥の凶刃に斃れた「文弱の貴公子」という八百年来の実朝像を根本から覆した画期的な一作である。 著者は『金槐和歌集』に収められた秀歌の数々を、単なる文学的趣味ではなく、後鳥羽上皇の知悉する歌壇の最前線と渡り合うための高度な政治的意志の表れとして読み解く。万葉調の雄渾な歌風に込められたのは、京の文化を東国武士の精神と融合させ、頼朝をも超える「東国の王権」を自立的に築き上げようとする烈々たる気迫であった。 古典や歌論に多少なりとも親しんできた者として、実朝卿の詠草に流れるただならぬ調べに感銘を受けてきたが、本書の精緻な考証に触れて、その背後にあった冷徹な政治的構想の重みに背筋が伸びる思いがした。 大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の時代考証にも深く通底する本作は、鶴岡八幡宮の石段に降り積もる雪の向こうに、早世の巨星が抱いた大いなる野望を鮮やかに甦らせてくれる。

#源実朝#坂井孝一#講談社選書メチエ#鎌倉幕府#金槐和歌集#鎌倉殿の13人
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投稿狂歌コーナー ・ お題「源仲章の最期」

人違い 太刀受けてなお 叫ぶ声 雪の八幡 寒いんだよと

─ 相模の雪達磨 ─

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2022年11月号をお届けします。大河はいよいよ実朝暗殺の回を迎えました。秋成さんは、巻き添えで斬られた源仲章と、鶴岡八幡宮にいた平家ゆかりの僧たちの影を追いながら、黒幕探しにはあえて踏みとどまっています。 わたしは、没後60年を前にしたジャン・コクトーの映画祭の話を書きました。「芸術のデパート」と聞いて、あれこれ手を出してきた身としては他人事と思えなかったのです。こんな人のコーナーでは、芭蕉さんが北国を歩いた旅人・菅江真澄を紹介してくれました。 かわら版には、「旅愁」の犬童球渓、小川未明の童話音楽劇、弥次さん喜多さんの膝栗毛と、旅と歌と童話の話題が並びました。日が短くなるこの季節、どうぞ炬燵のお供にしてください。