名もなき草花に命の名を——連続テレビ小説『らんまん』開幕と江戸・明治の本草学精神
神木隆之介演じる槙野万太郎が画面狭しと駆け巡る。日本の植物分類学の父・牧野富太郎の生涯と、江戸期から続く博物学ネットワーク。
NHK連続テレビ小説『らんまん』が華々しく始まった。主人公・槙野万太郎のモデルは、言わずと知れた「日本の植物分類学の父」牧野富太郎博士である。土佐・佐川の裕福な酒造家の跡取りとして生まれながら、小学校を中退して独学で学問を修め、ただひたすらに野山の草花を愛して生涯で四十万点もの標本を蒐集・命名した巨人の情熱が、神木隆之介の瑞々しい演技で描かれている。 大坂・北船場で酒造業を営みつつ、古今東西の奇石や動植物標本、本草書を蒐集してきた身としては、万太郎の姿に他人事とは思えぬ深い共感を禁じ得ない。万太郎の背後には、江戸時代に貝原益軒や小野蘭山らが築き上げた「実物と名前を突き合わせる」本草学の豊かな蓄積があった。蘭山の『本草綱目啓蒙』を手引きに山野を歩き回った少年時代から、ロシアの植物学者マキシモヴィッチに標本を送って国際的な評価を勝ち取っていく青年期まで、その足跡は江戸の知の遺産が西洋近代科学へと橋渡しされていく過程そのものでもある。 「世の中に雑草という草はない」という言葉通り、道端の一輪の草にも固有の名と生存の美を見出そうとした富太郎の眼差しは、歴史の表舞台に名を残さなかった無名の人々の暮らしや声に耳を澄ます、わが『歴ファン.net』の探究姿勢とも深く響き合う。草木に魅せられた男の一代記を通じて、知的好奇心の純粋な輝きを今こそ再確認したい。
名もなき草花に命の名を——連続テレビ小説『らんまん』開幕と江戸・明治の本草学精神
神木隆之介演じる槙野万太郎が画面狭しと駆け巡る。日本の植物分類学の父・牧野富太郎の生涯と、江戸期から続く博物学ネットワーク。
NHK連続テレビ小説『らんまん』が華々しく始まった。主人公・槙野万太郎のモデルは、言わずと知れた「日本の植物分類学の父」牧野富太郎博士である。土佐・佐川の裕福な酒造家の跡取りとして生まれながら、小学校を中退して独学で学問を修め、ただひたすらに野山の草花を愛して生涯で四十万点もの標本を蒐集・命名した巨人の情熱が、神木隆之介の瑞々しい演技で描かれている。 大坂・北船場で酒造業を営みつつ、古今東西の奇石や動植物標本、本草書を蒐集してきた身としては、万太郎の姿に他人事とは思えぬ深い共感を禁じ得ない。万太郎の背後には、江戸時代に貝原益軒や小野蘭山らが築き上げた「実物と名前を突き合わせる」本草学の豊かな蓄積があった。蘭山の『本草綱目啓蒙』を手引きに山野を歩き回った少年時代から、ロシアの植物学者マキシモヴィッチに標本を送って国際的な評価を勝ち取っていく青年期まで、その足跡は江戸の知の遺産が西洋近代科学へと橋渡しされていく過程そのものでもある。 「世の中に雑草という草はない」という言葉通り、道端の一輪の草にも固有の名と生存の美を見出そうとした富太郎の眼差しは、歴史の表舞台に名を残さなかった無名の人々の暮らしや声に耳を澄ます、わが『歴ファン.net』の探究姿勢とも深く響き合う。草木に魅せられた男の一代記を通じて、知的好奇心の純粋な輝きを今こそ再確認したい。
袋の鼠となった信長を救え——『どうする家康』金ヶ崎の退き口と浅井長政の義挙
越前朝倉攻めの最中、盟友・浅井長政の裏切りで絶体絶命の織田軍。木下藤吉郎と家康の命懸けの殿軍(しんがり)劇。
大河ドラマ『どうする家康』が戦国屈指の緊迫劇「金ヶ崎の退き口」を描き切った。元亀元年(1570)、越前の一乗谷へ向けて破竹の進撃を続けていた織田信長に対し、最愛の妹・お市の嫁ぎ先である北近江の盟友・浅井長政がまさかの離反。背後を完全に断たれ、袋の鼠となった信長は、わずかな供回りを連れて京へと決死の脱出を図る。 わたくしが筆を執った『信長公記』巻三にも「信長、金ヶ崎退陣の事」として克明に記した通り、この時信長公の胸中に去来した衝撃と口惜しさは筆舌に尽くしがたい。だが真に恐るべきは、その壊滅の淵にあって殿軍(しんがり)を志願した木下藤吉郎(秀吉)と、友軍として踏みとどまった徳川家康の覚悟である。ドラマでは、功名心と生存本能を剥き出しにして「一緒に死んでくれ」と家康を巻き込む藤吉郎の狡猾さと、信長への信義と三河武士の命の間で激しく葛藤する家康の姿が対照的に描かれ、手に汗握る脱出劇となった。 大貫勇輔演じる浅井長政の苦渋の決断も胸を打つ。信長への敬愛と、累代の盟約を結んできた朝倉家への義理との狭間で引き裂かれた長政の義挙は、乱世の冷酷な力学を鮮烈に突きつける。死線を潜り抜けた信長と家康は、やがて浅井・朝倉連合軍との血みどろの姉川合戦へと向かう。両雄の絆が鋼のように鍛え上げられた分岐点であった。
袋の鼠となった信長を救え——『どうする家康』金ヶ崎の退き口と浅井長政の義挙
越前朝倉攻めの最中、盟友・浅井長政の裏切りで絶体絶命の織田軍。木下藤吉郎と家康の命懸けの殿軍(しんがり)劇。
大河ドラマ『どうする家康』が戦国屈指の緊迫劇「金ヶ崎の退き口」を描き切った。元亀元年(1570)、越前の一乗谷へ向けて破竹の進撃を続けていた織田信長に対し、最愛の妹・お市の嫁ぎ先である北近江の盟友・浅井長政がまさかの離反。背後を完全に断たれ、袋の鼠となった信長は、わずかな供回りを連れて京へと決死の脱出を図る。 わたくしが筆を執った『信長公記』巻三にも「信長、金ヶ崎退陣の事」として克明に記した通り、この時信長公の胸中に去来した衝撃と口惜しさは筆舌に尽くしがたい。だが真に恐るべきは、その壊滅の淵にあって殿軍(しんがり)を志願した木下藤吉郎(秀吉)と、友軍として踏みとどまった徳川家康の覚悟である。ドラマでは、功名心と生存本能を剥き出しにして「一緒に死んでくれ」と家康を巻き込む藤吉郎の狡猾さと、信長への信義と三河武士の命の間で激しく葛藤する家康の姿が対照的に描かれ、手に汗握る脱出劇となった。 大貫勇輔演じる浅井長政の苦渋の決断も胸を打つ。信長への敬愛と、累代の盟約を結んできた朝倉家への義理との狭間で引き裂かれた長政の義挙は、乱世の冷酷な力学を鮮烈に突きつける。死線を潜り抜けた信長と家康は、やがて浅井・朝倉連合軍との血みどろの姉川合戦へと向かう。両雄の絆が鋼のように鍛え上げられた分岐点であった。
小野蘭山
七十歳を超えて諸国を踏破し、実証主義を貫いた江戸本草学の巨峰
江戸時代中期から後期にかけて本草学の頂点を極めた大碩学。京都に私塾・衆芳軒を開き、動植物や鉱物の実地踏査に生涯を捧げた。その集大成である『本草綱目啓蒙』四十八巻は、明の李時珍の原著に挙げられた万物の漢名を、日本各地の方言や実物に照らし合わせて精緻に比定した不朽の学術的里程標である。 私・蒹葭堂もかつて教えを乞うたが、その該博な知識と実証を尊ぶ姿勢には敬服するほかなかった。七十一歳のとき幕府の命を受けて江戸の医学館教授に就任し、そこから数年間にわたり奥羽や甲信、東海地方の山谷を自らの足で歩き回って諸国採薬調査を敢行。八十歳を過ぎても健脚を誇り、山野に分け入ったという。のちに日本を訪れたドイツ人医師シーボルトもその業績に感嘆し、「日本のリンネ」と称えて惜しまなかった大人物である。
小野蘭山
七十歳を超えて諸国を踏破し、実証主義を貫いた江戸本草学の巨峰
江戸時代中期から後期にかけて本草学の頂点を極めた大碩学。京都に私塾・衆芳軒を開き、動植物や鉱物の実地踏査に生涯を捧げた。その集大成である『本草綱目啓蒙』四十八巻は、明の李時珍の原著に挙げられた万物の漢名を、日本各地の方言や実物に照らし合わせて精緻に比定した不朽の学術的里程標である。 私・蒹葭堂もかつて教えを乞うたが、その該博な知識と実証を尊ぶ姿勢には敬服するほかなかった。七十一歳のとき幕府の命を受けて江戸の医学館教授に就任し、そこから数年間にわたり奥羽や甲信、東海地方の山谷を自らの足で歩き回って諸国採薬調査を敢行。八十歳を過ぎても健脚を誇り、山野に分け入ったという。のちに日本を訪れたドイツ人医師シーボルトもその業績に感嘆し、「日本のリンネ」と称えて惜しまなかった大人物である。
「草木を愛す」純真な熱狂が駆け抜けた生涯——牧野富太郎『牧野富太郎自叙伝』
土佐の造り酒屋から独学で世界へ。借金に追われながら四十万点の標本を蒐集し、名もなき草木に命を与え続けた「日本の植物学の父」が奔放に語る痛快無比の自伝。
講談社学術文庫より刊行されている『牧野富太郎自叙伝』は、朝ドラ『らんまん』の主人公のモデルとして再び熱い注目を集める植物学者・牧野富太郎が、卒寿を前に自らの激動の半生をユーモアたっぷりに振り返った名著である。 土佐・佐川の老舗酒造「岸屋」の跡取りとして生まれながら、幼少より山野の草木に魂を奪われ、小学校を中退して独学で学問に没頭。高価な顕微鏡や洋書を買い漁り、ついには実家の財産を傾かせてまで植物採集の旅に明け暮れた破天荒なエピソードの数々は、思わず吹き出してしまうほど痛快だ。 大坂・北船場の酒造家として博物学に耽溺したわたし(木村蒹葭堂)にとっても、家業そっちのけで未知の標本を追い求めた富太郎の執念は、身につまされる思いと同時に、無上の愛おしさを覚える。学会の冷遇や極貧の困窮に晒されながらも、愛妻・壽衛の内助に支えられ、新種を発見するたびに童子のように歓喜した彼の生き様は、学問とは誰のためにあるのかを教えてくれる。 「草木を愛すれば、寂しいことはない」。野の草花に注がれた無償の愛と、自由闊達な知性の光が全編から溢れ出る珠玉の一冊である。
「草木を愛す」純真な熱狂が駆け抜けた生涯——牧野富太郎『牧野富太郎自叙伝』
土佐の造り酒屋から独学で世界へ。借金に追われながら四十万点の標本を蒐集し、名もなき草木に命を与え続けた「日本の植物学の父」が奔放に語る痛快無比の自伝。
講談社学術文庫より刊行されている『牧野富太郎自叙伝』は、朝ドラ『らんまん』の主人公のモデルとして再び熱い注目を集める植物学者・牧野富太郎が、卒寿を前に自らの激動の半生をユーモアたっぷりに振り返った名著である。 土佐・佐川の老舗酒造「岸屋」の跡取りとして生まれながら、幼少より山野の草木に魂を奪われ、小学校を中退して独学で学問に没頭。高価な顕微鏡や洋書を買い漁り、ついには実家の財産を傾かせてまで植物採集の旅に明け暮れた破天荒なエピソードの数々は、思わず吹き出してしまうほど痛快だ。 大坂・北船場の酒造家として博物学に耽溺したわたし(木村蒹葭堂)にとっても、家業そっちのけで未知の標本を追い求めた富太郎の執念は、身につまされる思いと同時に、無上の愛おしさを覚える。学会の冷遇や極貧の困窮に晒されながらも、愛妻・壽衛の内助に支えられ、新種を発見するたびに童子のように歓喜した彼の生き様は、学問とは誰のためにあるのかを教えてくれる。 「草木を愛すれば、寂しいことはない」。野の草花に注がれた無償の愛と、自由闊達な知性の光が全編から溢れ出る珠玉の一冊である。
道端の 名もなき草に 名を付けて 泥にまみれて 笑む万太郎
─ 土佐の野良犬 ─
道端の 名もなき草に 名を付けて 泥にまみれて 笑む万太郎
─ 土佐の野良犬 ─
高野山 杉の木立に 風渡り 千二百年 大師まします
─ 東寺の五重塔 ─
高野山 杉の木立に 風渡り 千二百年 大師まします
─ 東寺の五重塔 ─
百花繚乱の新緑がまぶしい卯月となりました。朝の連続テレビ小説『らんまん』の快走のおかげで、街行く人々がふと足を止め、路傍の小さな野花に目を留める姿をあちこちで見かけるようになり、本草の道を愛する者として嬉しさに頬が緩みます。金ヶ崎の退き口のような切迫した戦乱絵巻に胸を躍らせる一方で、足元の草花や身近な自然に目を凝らす心のゆとりもまた、歴史を深く味わうための大切な眼差しと言えましょう。薫風そよぐ好季節、皆さまもぜひ図鑑や地図を片手に、身近な歴史散歩へお出かけください。
百花繚乱の新緑がまぶしい卯月となりました。朝の連続テレビ小説『らんまん』の快走のおかげで、街行く人々がふと足を止め、路傍の小さな野花に目を留める姿をあちこちで見かけるようになり、本草の道を愛する者として嬉しさに頬が緩みます。金ヶ崎の退き口のような切迫した戦乱絵巻に胸を躍らせる一方で、足元の草花や身近な自然に目を凝らす心のゆとりもまた、歴史を深く味わうための大切な眼差しと言えましょう。薫風そよぐ好季節、皆さまもぜひ図鑑や地図を片手に、身近な歴史散歩へお出かけください。