「援軍は来るぞ!」磔台からの絶叫——『どうする家康』鳥居強右衛門の義烈と長篠設楽原
武田の大軍に包囲された長篠城から川を泳ぎ抜けた男。岡崎体育の体当たりの熱演が引き起こした戦国最大の落涙劇。
大河ドラマ『どうする家康』第21回「長篠を救え!」において、歴史ファンのみならず多くの視聴者の胸を締め付けたのが、鳥居強右衛門(すねえもん)の最期であった。演じるのはミュージシャンの岡崎体育。泥だらけの褌一丁で濁流の豊川を泳ぎ、織田・徳川の陣へ辿り着いた足軽の命懸けの疾走劇だ。 援軍が近づいていることを城内の仲間へ伝えるため、帰路で武田軍に捕縛された強右衛門。「援軍は来ないと叫べば助けてやる」と武田勝頼に脅された彼は、城門の前に引き出されると、声を限りに「あと二、三日で援軍が来るぞ! 持ちこたえよ!」と叫び放った。怒り狂った武田兵に槍で突かれ、磔にされながらも笑みを浮かべて絶命したその姿は、落合左平次が旗指物に描いたことで知られる有名な史実そのままである。 続く第22回「設楽原の戦い」では、織田の千挺の鉄砲隊が馬防柵の前に並び、天下無敵を誇った武田騎馬軍団を次々と薙ぎ倒した。名もなき一人の足軽の忠義が城を守り、戦国最強軍団の落日を決定づけたのだ。歴史の歯車を動かすのは決して大名たちだけではないという真実を、これほど強烈に見せつけた回はあるまい。
「援軍は来るぞ!」磔台からの絶叫——『どうする家康』鳥居強右衛門の義烈と長篠設楽原
武田の大軍に包囲された長篠城から川を泳ぎ抜けた男。岡崎体育の体当たりの熱演が引き起こした戦国最大の落涙劇。
大河ドラマ『どうする家康』第21回「長篠を救え!」において、歴史ファンのみならず多くの視聴者の胸を締め付けたのが、鳥居強右衛門(すねえもん)の最期であった。演じるのはミュージシャンの岡崎体育。泥だらけの褌一丁で濁流の豊川を泳ぎ、織田・徳川の陣へ辿り着いた足軽の命懸けの疾走劇だ。 援軍が近づいていることを城内の仲間へ伝えるため、帰路で武田軍に捕縛された強右衛門。「援軍は来ないと叫べば助けてやる」と武田勝頼に脅された彼は、城門の前に引き出されると、声を限りに「あと二、三日で援軍が来るぞ! 持ちこたえよ!」と叫び放った。怒り狂った武田兵に槍で突かれ、磔にされながらも笑みを浮かべて絶命したその姿は、落合左平次が旗指物に描いたことで知られる有名な史実そのままである。 続く第22回「設楽原の戦い」では、織田の千挺の鉄砲隊が馬防柵の前に並び、天下無敵を誇った武田騎馬軍団を次々と薙ぎ倒した。名もなき一人の足軽の忠義が城を守り、戦国最強軍団の落日を決定づけたのだ。歴史の歯車を動かすのは決して大名たちだけではないという真実を、これほど強烈に見せつけた回はあるまい。
深紅の女王と太陽のピラミッド——東京国立博物館、特別展「古代メキシコ」の熱狂
マヤ、アステカ、テオティワカンの三大文明が一堂に集結。辰砂で真っ赤に染まった「赤の女王」の奇跡的な出土品が来日。
上野の東京国立博物館にて、特別展「古代メキシコ ―マヤ、アステカ、テオティワカン」が華々しく開幕した。前15世紀からスペインによる侵略に至るまで、文字通り独自の暦と宇宙観を築き上げたメソアメリカの三大文明の至宝約140点が並ぶ壮大な企画展である。 何と言っても最大の目玉は、メキシコ国外初公開となるパレンケ遺跡の「赤の女王(レイナ・ロハ)」の副葬品群だ。鮮血と再生を象徴する赤い鉱物・辰砂(しんしゃ)に覆われ、緑色の孔雀石(マラカイト)のモザイクで作られた仮面や首飾りの数々は、見る者を古代の神話空間へと引きずり込む強烈な魔力を持っている。さらにテオティワカンの「羽毛の蛇神神殿」の浮彫や、アステカの「鷲の戦士像」など、巨大ピラミッドの威容を彷彿とさせる造形物が並び、展示室全体が異形の霊気に満ちている。 生贄の儀礼や過酷な神々への信仰は、現代人の理性的な眼からは血生臭い迷信に見えるかもしれない。だが天体の運行を緻密極まりない暦法に落とし込み、巨大なピラミッドを寸分の狂いなく築き上げた彼らの知性は、我々の想像を遥かに超えている。文字記録が限定され、石の造形物と発掘遺物が雄弁に語りかけてくる古代史の豊かさは、文献に頼りがちな東洋の歴史家にとっても大いなる刺激となる。古代人の精神の深層に触れる稀有な好機である。
深紅の女王と太陽のピラミッド——東京国立博物館、特別展「古代メキシコ」の熱狂
マヤ、アステカ、テオティワカンの三大文明が一堂に集結。辰砂で真っ赤に染まった「赤の女王」の奇跡的な出土品が来日。
上野の東京国立博物館にて、特別展「古代メキシコ ―マヤ、アステカ、テオティワカン」が華々しく開幕した。前15世紀からスペインによる侵略に至るまで、文字通り独自の暦と宇宙観を築き上げたメソアメリカの三大文明の至宝約140点が並ぶ壮大な企画展である。 何と言っても最大の目玉は、メキシコ国外初公開となるパレンケ遺跡の「赤の女王(レイナ・ロハ)」の副葬品群だ。鮮血と再生を象徴する赤い鉱物・辰砂(しんしゃ)に覆われ、緑色の孔雀石(マラカイト)のモザイクで作られた仮面や首飾りの数々は、見る者を古代の神話空間へと引きずり込む強烈な魔力を持っている。さらにテオティワカンの「羽毛の蛇神神殿」の浮彫や、アステカの「鷲の戦士像」など、巨大ピラミッドの威容を彷彿とさせる造形物が並び、展示室全体が異形の霊気に満ちている。 生贄の儀礼や過酷な神々への信仰は、現代人の理性的な眼からは血生臭い迷信に見えるかもしれない。だが天体の運行を緻密極まりない暦法に落とし込み、巨大なピラミッドを寸分の狂いなく築き上げた彼らの知性は、我々の想像を遥かに超えている。文字記録が限定され、石の造形物と発掘遺物が雄弁に語りかけてくる古代史の豊かさは、文献に頼りがちな東洋の歴史家にとっても大いなる刺激となる。古代人の精神の深層に触れる稀有な好機である。
深紅の仮面が誘うメソアメリカの深淵——東京国立博物館、特別展「古代メキシコ」
マヤ、アステカ、テオティワカンの三大文明が誇る至宝約140点が集結。メキシコ国外初公開となるパレンケ遺跡「赤の女王」の奇跡的な副葬品群を見逃すな。
東京国立博物館で開催中の特別展「古代メキシコ ―マヤ、アステカ、テオティワカン」は、前15世紀から16世紀のスペイン侵略に至るまで、独自の天文学と宗教観を花開かせた中米三大文明の精華を一堂に集めた大規模展覧会である。 本展最大のハイライトは、世界遺産パレンケ遺跡の「13号神殿」から発見された貴婦人「赤の女王(レイナ・ロハ)」の副葬品群だ。鮮血と再生を象徴する辰砂で真っ赤に染め上げられ、緑色の孔雀石(マラカイト)で作られた仮面や首飾りは、見る者を圧倒する原始の呪術的迫力を放っている。 さらにテオティワカンの「死者の大通り」を望む巨大ピラミッドの彫刻群や、アステカ帝国の軍事力と生贄儀礼を象徴する「鷲の戦士像」など、メキシコ国内の主要博物館が誇る第一級の国宝級遺物が勢揃い。文字や石造物に刻まれた古代人たちの祈りと自然への畏怖を間近で体感できる、今夏必見の異文化体験である。
- 展覧会
- 特別展「古代メキシコ ―マヤ、アステカ、テオティワカン」
- 会場
- 東京国立博物館 平成館
- 会期
- 2023年6月16日(金)〜9月3日(日)
- 開館時間
- 9:30〜17:00(土曜日は19:00まで、入館は閉館の30分前まで)
- 休館日
- 月曜日、7月18日(火)(ただし7月17日、8月14日は開館)
- 料金
- 一般 2,200円、大学生 1,400円、高校生 1,000円、中学生以下無料
- 公式サイト
- https://mexico2023.exhibit.jp/
※上記は2026年9月19日時点の情報です。会期・開館時間・料金などは変更される場合があります。お出かけの前に、正確な情報は公式サイトをご確認ください。
深紅の仮面が誘うメソアメリカの深淵——東京国立博物館、特別展「古代メキシコ」
マヤ、アステカ、テオティワカンの三大文明が誇る至宝約140点が集結。メキシコ国外初公開となるパレンケ遺跡「赤の女王」の奇跡的な副葬品群を見逃すな。
東京国立博物館で開催中の特別展「古代メキシコ ―マヤ、アステカ、テオティワカン」は、前15世紀から16世紀のスペイン侵略に至るまで、独自の天文学と宗教観を花開かせた中米三大文明の精華を一堂に集めた大規模展覧会である。 本展最大のハイライトは、世界遺産パレンケ遺跡の「13号神殿」から発見された貴婦人「赤の女王(レイナ・ロハ)」の副葬品群だ。鮮血と再生を象徴する辰砂で真っ赤に染め上げられ、緑色の孔雀石(マラカイト)で作られた仮面や首飾りは、見る者を圧倒する原始の呪術的迫力を放っている。 さらにテオティワカンの「死者の大通り」を望む巨大ピラミッドの彫刻群や、アステカ帝国の軍事力と生贄儀礼を象徴する「鷲の戦士像」など、メキシコ国内の主要博物館が誇る第一級の国宝級遺物が勢揃い。文字や石造物に刻まれた古代人たちの祈りと自然への畏怖を間近で体感できる、今夏必見の異文化体験である。
- 展覧会
- 特別展「古代メキシコ ―マヤ、アステカ、テオティワカン」
- 会場
- 東京国立博物館 平成館
- 会期
- 2023年6月16日(金)〜9月3日(日)
- 開館時間
- 9:30〜17:00(土曜日は19:00まで、入館は閉館の30分前まで)
- 休館日
- 月曜日、7月18日(火)(ただし7月17日、8月14日は開館)
- 料金
- 一般 2,200円、大学生 1,400円、高校生 1,000円、中学生以下無料
- 公式サイト
- https://mexico2023.exhibit.jp/
※上記は2026年9月19日時点の情報です。会期・開館時間・料金などは変更される場合があります。お出かけの前に、正確な情報は公式サイトをご確認ください。
鳥居強右衛門勝高
闇夜の川を潜航して長篠城を救い、磔台から援軍を叫んだ不屈の足軽
三河国設楽郡の土豪・奥平貞昌に仕えた足軽。天正3年(1575)の長篠の戦いにおいて、武田勝頼率いる大軍に包囲され落城寸前となった長篠城を救うため、密使として闇夜の豊川を潜水突破。警戒の網をくぐり抜け、六十五キロの道のりを走破して岡崎城の家康と織田信長へ急状を届けて大軍の来援を取り付けた。 援軍が近づいている報せを城内の仲間へ届けるべく取って返したが、城の目前で武田方に捕縛。「援軍は来ないと叫べば命を助け、武田に召し抱える」と唆されるも、城門の前に引き出されるや「あと二、三日で援軍が来る、持ちこたえよ」と大音声で絶叫し、磔に処された。その義烈に感銘を受けた敵方の武将・落合左平次がその磔姿を旗指物に写し取って生涯大切にした話はあまりにも名高い。戦国史を彩る名もなき勇士の鑑である。
鳥居強右衛門勝高
闇夜の川を潜航して長篠城を救い、磔台から援軍を叫んだ不屈の足軽
三河国設楽郡の土豪・奥平貞昌に仕えた足軽。天正3年(1575)の長篠の戦いにおいて、武田勝頼率いる大軍に包囲され落城寸前となった長篠城を救うため、密使として闇夜の豊川を潜水突破。警戒の網をくぐり抜け、六十五キロの道のりを走破して岡崎城の家康と織田信長へ急状を届けて大軍の来援を取り付けた。 援軍が近づいている報せを城内の仲間へ届けるべく取って返したが、城の目前で武田方に捕縛。「援軍は来ないと叫べば命を助け、武田に召し抱える」と唆されるも、城門の前に引き出されるや「あと二、三日で援軍が来る、持ちこたえよ」と大音声で絶叫し、磔に処された。その義烈に感銘を受けた敵方の武将・落合左平次がその磔姿を旗指物に写し取って生涯大切にした話はあまりにも名高い。戦国史を彩る名もなき勇士の鑑である。
「三段撃ち」神話の解体と設楽原の実像——平山優『検証 長篠合戦』
信長の鉄砲三段撃ちと武田騎馬軍団の激突は本当か。江戸初期の軍記物が捏造した合戦像を同時代の一次史料で徹底的に洗い直し、戦国合戦の実像を甦らせた名著。
吉川弘文館の「歴史文化ライブラリー」より刊行された平山優氏の『検証 長篠合戦』は、日本史上で最も名高い戦いの一つである長篠設楽原の合戦を巡る数々の「通説」に、厳密な史料批判のメスを入れた画期的な論考である。 一般に広く信じられてきた「織田軍三千挺の鉄砲による三段撃ち」や「無謀に突撃して壊滅した武田の騎馬軍団」という劇的な構図。著者は、『信長公記』をはじめとする一次史料の記述を綿密に精査し、後世の『甫庵太閤記』など江戸期の軍記物によっていかに虚構が付け加えられていったかを鮮やかに暴き出す。 考証デスクの上田秋成としても、大衆受けする講談調の合戦絵巻に甘んじることなく、連吾川沿いに築かれた陣城・馬防柵の防御構造や、両軍の兵站・鉄砲調達能力の格差といった軍事リアリズムから合戦の本質を再構築した本書の手法には、快哉を叫ばざるを得ない。 鳥居強右衛門の働きや長篠城の攻防も含め、伝説のベールを剥ぎ取った後にこそ見えてくる戦国武将たちの真の葛藤と知略。歴史を学ぶ醍醐味が詰まった、すべての戦国ファン必読の決定版である。
「三段撃ち」神話の解体と設楽原の実像——平山優『検証 長篠合戦』
信長の鉄砲三段撃ちと武田騎馬軍団の激突は本当か。江戸初期の軍記物が捏造した合戦像を同時代の一次史料で徹底的に洗い直し、戦国合戦の実像を甦らせた名著。
吉川弘文館の「歴史文化ライブラリー」より刊行された平山優氏の『検証 長篠合戦』は、日本史上で最も名高い戦いの一つである長篠設楽原の合戦を巡る数々の「通説」に、厳密な史料批判のメスを入れた画期的な論考である。 一般に広く信じられてきた「織田軍三千挺の鉄砲による三段撃ち」や「無謀に突撃して壊滅した武田の騎馬軍団」という劇的な構図。著者は、『信長公記』をはじめとする一次史料の記述を綿密に精査し、後世の『甫庵太閤記』など江戸期の軍記物によっていかに虚構が付け加えられていったかを鮮やかに暴き出す。 考証デスクの上田秋成としても、大衆受けする講談調の合戦絵巻に甘んじることなく、連吾川沿いに築かれた陣城・馬防柵の防御構造や、両軍の兵站・鉄砲調達能力の格差といった軍事リアリズムから合戦の本質を再構築した本書の手法には、快哉を叫ばざるを得ない。 鳥居強右衛門の働きや長篠城の攻防も含め、伝説のベールを剥ぎ取った後にこそ見えてくる戦国武将たちの真の葛藤と知略。歴史を学ぶ醍醐味が詰まった、すべての戦国ファン必読の決定版である。
命捨て 城に向かいて 叫ぶ声 長篠の空に 響き渡りて
─ 三河の川獺 ─
命捨て 城に向かいて 叫ぶ声 長篠の空に 響き渡りて
─ 三河の川獺 ─
うっとうしい梅雨空を吹き飛ばすような鳥居強右衛門の命懸けの絶叫と、上野にやってきた古代メキシコ文明の極彩色の遺物に圧倒された水無月でした。泥まみれの川を潜水して城を守った日本の足軽の忠節と、太平洋の彼方で辰砂をまとい太陽の神々に祈りを捧げたマヤ・アステカの民。時代も海も隔てた両者ですが、己の信念に命を捧げた人間のエネルギーの凄まじさは通底しております。雨の日はじっくりと書物に耽り、晴れ間には史跡や博物館へ。次号も熱い歴史の息吹をお届けいたします。
うっとうしい梅雨空を吹き飛ばすような鳥居強右衛門の命懸けの絶叫と、上野にやってきた古代メキシコ文明の極彩色の遺物に圧倒された水無月でした。泥まみれの川を潜水して城を守った日本の足軽の忠節と、太平洋の彼方で辰砂をまとい太陽の神々に祈りを捧げたマヤ・アステカの民。時代も海も隔てた両者ですが、己の信念に命を捧げた人間のエネルギーの凄まじさは通底しております。雨の日はじっくりと書物に耽り、晴れ間には史跡や博物館へ。次号も熱い歴史の息吹をお届けいたします。