「微生物学の父」レーウェンフック没後300年——自作顕微鏡と科学史の扉
佐賀・くすり博物館で企画展開催。自作顕微鏡でカエルの脚や微生物を初めて観察したオランダ偉人の足跡。
2023年10月の科学史界において特筆すべきは、17世紀オランダの偉人アントニ・ファン・レーウェンフックの没後300年を記念する企画展が、佐賀県鳥栖市の中外製薬くすり博物館で開催されたことである。 私・蒹葭堂もかつて蘭書やオランダ渡りの眼鏡・望遠鏡を蒐集し、微細な事物の観察に心を躍らせた経験があるが、レーウェンフックの生涯にはそれ以上の驚嘆とロマンが詰まっている。彼は大学で専門的な学問を修めた学者ではなく、デルフトの街で織物商を営む一町人に過ぎなかった。織物の糸の目を確かめるために手に入れた拡大鏡に魅せられた彼は、自らガラス玉を削って驚異的な倍率を誇る単レンズ顕微鏡を製作。実に二百倍を超える拡大能力を持つ特製の顕微鏡を五百個以上も自作したという。 その小さなレンズの向こうに彼が見出したのは、人類がそれまで一度も目にしたことのない「見えざる世界」であった。雨水の中に蠢く無数の原生動物、血液中を流れる赤血球、歯垢に潜む細菌、そしてカエルの脚の毛細血管を巡る血流。彼はそれらのスケッチをオランダ語の素朴な書簡に認め、イギリスのロンドン王立協会へと送り続けた。一介の町人の旺盛な探究心と手先の器用さが、近代細菌学・医学の巨大な扉を押し開いたのだ。同時代の画家フェルメールとも交流があったと伝えられるこの知の巨人の足跡は、机上の理論よりも自らの目で確かめる「実証」の尊さを、三百年後の現代に生きる我々へ力強く語りかけている。
「微生物学の父」レーウェンフック没後300年——自作顕微鏡と科学史の扉
佐賀・くすり博物館で企画展開催。自作顕微鏡でカエルの脚や微生物を初めて観察したオランダ偉人の足跡。
2023年10月の科学史界において特筆すべきは、17世紀オランダの偉人アントニ・ファン・レーウェンフックの没後300年を記念する企画展が、佐賀県鳥栖市の中外製薬くすり博物館で開催されたことである。 私・蒹葭堂もかつて蘭書やオランダ渡りの眼鏡・望遠鏡を蒐集し、微細な事物の観察に心を躍らせた経験があるが、レーウェンフックの生涯にはそれ以上の驚嘆とロマンが詰まっている。彼は大学で専門的な学問を修めた学者ではなく、デルフトの街で織物商を営む一町人に過ぎなかった。織物の糸の目を確かめるために手に入れた拡大鏡に魅せられた彼は、自らガラス玉を削って驚異的な倍率を誇る単レンズ顕微鏡を製作。実に二百倍を超える拡大能力を持つ特製の顕微鏡を五百個以上も自作したという。 その小さなレンズの向こうに彼が見出したのは、人類がそれまで一度も目にしたことのない「見えざる世界」であった。雨水の中に蠢く無数の原生動物、血液中を流れる赤血球、歯垢に潜む細菌、そしてカエルの脚の毛細血管を巡る血流。彼はそれらのスケッチをオランダ語の素朴な書簡に認め、イギリスのロンドン王立協会へと送り続けた。一介の町人の旺盛な探究心と手先の器用さが、近代細菌学・医学の巨大な扉を押し開いたのだ。同時代の画家フェルメールとも交流があったと伝えられるこの知の巨人の足跡は、机上の理論よりも自らの目で確かめる「実証」の尊さを、三百年後の現代に生きる我々へ力強く語りかけている。
濃霧を裂いた問い鉄砲——『どうする家康』関ヶ原の激闘と石田三成・小早川秀秋の相克
天下分け目の決戦がついに幕を開けた。松本潤の家康と中村七之助の石田三成、そして松尾山で揺れる嘉島陸の小早川秀秋が織田・徳川の命運をかけて交錯する極限の心理戦。
大河ドラマ『どうする家康』の物語は、最大の決戦「関ヶ原の戦い」へと突入した。慶長5年(1600)9月15日、深い朝霧に包まれた美濃の山谷で、東軍七万余と西軍八万余が激突。井伊直政と松平忠吉の抜け駆け発砲から、福島正則と宇喜多秀家の血みどろの激戦に至るまで、古沢良太脚本は武将たちの心理描写と命のやりとりに徹底的に焦点を当てた。 中村七之助が演じる石田三成は、冷酷な官僚という旧来の固定観念を脱し、自らの理想と豊臣家への愚直な忠誠を信じるがゆえに孤立していく悲劇の政治家として描かれた。対する家康(松本潤)は、かつて星空の下で天下の安寧を誓い合った友としての思情と、乱世の幕引きを武力で平定せねばならぬ覇王の宿命との間で苦悩する。陣中で爪を噛み、苛立ちを募らせる家康の姿は、神君ではなく泥臭い人間そのものであった。 そして運命の鍵を握ったのが、松尾山に陣取った十九歳の若き小早川秀秋(嘉島陸)だ。どちらにつくべきか決断できず震える秀秋に対し、苛立ちを爆発させた家康が松尾山へ向けて放たせたのが、歴史に名高い威嚇の「問い鉄砲」であった。乾いた銃声に驚愕した秀秋が松尾山を駆け下り、西軍の大谷吉継の陣へ雪崩れ込んだ瞬間、天下の帰趨は一気に東軍へと傾いた。友を討ち、かつての盟友を断罪してなお歩み続けねばならぬ天下人の孤独が、鮮烈に浮き彫りにされた屈指の名回であった。
濃霧を裂いた問い鉄砲——『どうする家康』関ヶ原の激闘と石田三成・小早川秀秋の相克
天下分け目の決戦がついに幕を開けた。松本潤の家康と中村七之助の石田三成、そして松尾山で揺れる嘉島陸の小早川秀秋が織田・徳川の命運をかけて交錯する極限の心理戦。
大河ドラマ『どうする家康』の物語は、最大の決戦「関ヶ原の戦い」へと突入した。慶長5年(1600)9月15日、深い朝霧に包まれた美濃の山谷で、東軍七万余と西軍八万余が激突。井伊直政と松平忠吉の抜け駆け発砲から、福島正則と宇喜多秀家の血みどろの激戦に至るまで、古沢良太脚本は武将たちの心理描写と命のやりとりに徹底的に焦点を当てた。 中村七之助が演じる石田三成は、冷酷な官僚という旧来の固定観念を脱し、自らの理想と豊臣家への愚直な忠誠を信じるがゆえに孤立していく悲劇の政治家として描かれた。対する家康(松本潤)は、かつて星空の下で天下の安寧を誓い合った友としての思情と、乱世の幕引きを武力で平定せねばならぬ覇王の宿命との間で苦悩する。陣中で爪を噛み、苛立ちを募らせる家康の姿は、神君ではなく泥臭い人間そのものであった。 そして運命の鍵を握ったのが、松尾山に陣取った十九歳の若き小早川秀秋(嘉島陸)だ。どちらにつくべきか決断できず震える秀秋に対し、苛立ちを爆発させた家康が松尾山へ向けて放たせたのが、歴史に名高い威嚇の「問い鉄砲」であった。乾いた銃声に驚愕した秀秋が松尾山を駆け下り、西軍の大谷吉継の陣へ雪崩れ込んだ瞬間、天下の帰趨は一気に東軍へと傾いた。友を討ち、かつての盟友を断罪してなお歩み続けねばならぬ天下人の孤独が、鮮烈に浮き彫りにされた屈指の名回であった。
湯浅五助
主君の醜聞を守るため己の首を差し出した、大谷吉継に仕えた忠義の家臣
今号の「こんな人」はこの御仁、湯浅五助。関ヶ原で西軍について散った大谷吉継の近臣やが、この人の話がまた泣かせる。ハンセン病で崩れた顔を敵に晒したない、という吉継の遺言を受けて介錯を済ませたあと、その首を地面に埋めて隠したんやが、追ってきた藤堂高虎の甥・高刑に見つかってしもうた。五助は「わしの首を差し出すさかい、主君の首のありかだけは黙っといてくれ」と頼み込み、高刑はその願いを聞き届けて五助の首を討ち取ったという。のちに家康からこの顛末を問い詰められた高刑は、手柄を語れば大いに賞されるはずやのに、約束を守り抜いて最後まで口を割らんかった。逆にその義理堅さに感心した家康は、自らの槍と太刀を高刑に授けたと伝わる。手柄より義理を選んだ二人の男の話、なかなか胸に来るもんがあるなあ。
湯浅五助
主君の醜聞を守るため己の首を差し出した、大谷吉継に仕えた忠義の家臣
今号の「こんな人」はこの御仁、湯浅五助。関ヶ原で西軍について散った大谷吉継の近臣やが、この人の話がまた泣かせる。ハンセン病で崩れた顔を敵に晒したない、という吉継の遺言を受けて介錯を済ませたあと、その首を地面に埋めて隠したんやが、追ってきた藤堂高虎の甥・高刑に見つかってしもうた。五助は「わしの首を差し出すさかい、主君の首のありかだけは黙っといてくれ」と頼み込み、高刑はその願いを聞き届けて五助の首を討ち取ったという。のちに家康からこの顛末を問い詰められた高刑は、手柄を語れば大いに賞されるはずやのに、約束を守り抜いて最後まで口を割らんかった。逆にその義理堅さに感心した家康は、自らの槍と太刀を高刑に授けたと伝わる。手柄より義理を選んだ二人の男の話、なかなか胸に来るもんがあるなあ。
松尾山 霧の彼方に 轟くは 迷いを断ちし 神君の筒
─ 美濃の関守 ─
松尾山 霧の彼方に 轟くは 迷いを断ちし 神君の筒
─ 美濃の関守 ─
秋色深まる神無月、2023年10月号をお届けいたします。自作顕微鏡で未知の微小世界を人類で初めて覗き込んだレーウェンフックの純粋な好奇心と、濃霧立ち込める関ヶ原の合戦場で天下の行方を決定づけた家康公の豪胆な決断。ミクロとマクロ、スケールこそ異なれど、既成概念を打ち破り未知の領域へと果敢に足を踏み入れた先人たちの強靭な意志が光る一号となりました。上野の東京国立博物館では平安・鎌倉の至宝を集めた特別展「やまと絵」も開幕し、秋の歴史散策には絶好の季節となっております。深まりゆく秋の夜長、皆さまもぜひ豊かな歴史の物語に浸っていただければ幸いです。
秋色深まる神無月、2023年10月号をお届けいたします。自作顕微鏡で未知の微小世界を人類で初めて覗き込んだレーウェンフックの純粋な好奇心と、濃霧立ち込める関ヶ原の合戦場で天下の行方を決定づけた家康公の豪胆な決断。ミクロとマクロ、スケールこそ異なれど、既成概念を打ち破り未知の領域へと果敢に足を踏み入れた先人たちの強靭な意志が光る一号となりました。上野の東京国立博物館では平安・鎌倉の至宝を集めた特別展「やまと絵」も開幕し、秋の歴史散策には絶好の季節となっております。深まりゆく秋の夜長、皆さまもぜひ豊かな歴史の物語に浸っていただければ幸いです。