乱世を終えた白兎の眠り——『どうする家康』最終回と二百六十年の泰平の夜明け
松本潤演じる徳川家康が駆け抜けた七十五年の生涯。大坂夏の陣の炎上から駿府での穏やかな最期、そして来年『光る君へ』へのバトン。
NHK大河ドラマ『どうする家康』が全48回の航海を堂々たるフィナーレで終えた。最終回「神の君へ」では、慶長20年(1615)大坂夏の陣の総決戦が描かれ、炎上する天守の中で茶々(北川景子)と秀頼が壮絶に果て、応仁の乱以来百五十年に及んだ戦国乱世に永遠の終止符が打たれた。 真田信繁の決死の突撃を跳ね除け、元和偃武を宣言した家康公。やがて元和2年(1616)、駿府城の病床に伏す家康の枕元に現れたのは、かつて共に笑い、泣き、時に裏切り合いながらも泥まみれで乱世を駆け抜けた懐かしい三河武士たちの幻影であった。酒井忠次が陽気に海老すくいを踊り、夏目広次が穏やかに微笑み、本多忠勝や榊原康政が豪快に笑い合う。かつて桶狭間の大混乱の中で「どうする!」と頭を抱えて逃げ回っていた泣き虫の白兎は、幾万もの犠牲と妻子の血の涙を背負いながら、二百六十年続く戦なき泰平の世の礎を築き上げて静かに眠りについたのだ。 頼りなき若武者が仲間たちとともに泥をすすりながら成長していくという等身大の家康像は、従来の「腹黒いタヌキ親父」というステレオタイプを見事に解体した。一年間、週末ごとにテレビの前で一喜一憂した歴史ファンにとっても、ひとつの時代が終わったような深い喪失感と温かな救いが胸を満たしたことだろう。そして物語のバトンは、平安王朝の雅と紫式部の情念を描く2024年の『光る君へ』へと鮮やかに引き継がれる。
乱世を終えた白兎の眠り——『どうする家康』最終回と二百六十年の泰平の夜明け
松本潤演じる徳川家康が駆け抜けた七十五年の生涯。大坂夏の陣の炎上から駿府での穏やかな最期、そして来年『光る君へ』へのバトン。
NHK大河ドラマ『どうする家康』が全48回の航海を堂々たるフィナーレで終えた。最終回「神の君へ」では、慶長20年(1615)大坂夏の陣の総決戦が描かれ、炎上する天守の中で茶々(北川景子)と秀頼が壮絶に果て、応仁の乱以来百五十年に及んだ戦国乱世に永遠の終止符が打たれた。 真田信繁の決死の突撃を跳ね除け、元和偃武を宣言した家康公。やがて元和2年(1616)、駿府城の病床に伏す家康の枕元に現れたのは、かつて共に笑い、泣き、時に裏切り合いながらも泥まみれで乱世を駆け抜けた懐かしい三河武士たちの幻影であった。酒井忠次が陽気に海老すくいを踊り、夏目広次が穏やかに微笑み、本多忠勝や榊原康政が豪快に笑い合う。かつて桶狭間の大混乱の中で「どうする!」と頭を抱えて逃げ回っていた泣き虫の白兎は、幾万もの犠牲と妻子の血の涙を背負いながら、二百六十年続く戦なき泰平の世の礎を築き上げて静かに眠りについたのだ。 頼りなき若武者が仲間たちとともに泥をすすりながら成長していくという等身大の家康像は、従来の「腹黒いタヌキ親父」というステレオタイプを見事に解体した。一年間、週末ごとにテレビの前で一喜一憂した歴史ファンにとっても、ひとつの時代が終わったような深い喪失感と温かな救いが胸を満たしたことだろう。そして物語のバトンは、平安王朝の雅と紫式部の情念を描く2024年の『光る君へ』へと鮮やかに引き継がれる。
巨大蛇行剣から大河熱狂まで——2023年の歴史界を彩った大発掘とカルチャーの記憶
富雄丸山古墳の世紀の大発見に始まり、家康ブーム、古代メキシコ、やまと絵の至宝集結。知的好奇心を満たした一年を振り返る。
暮れゆく2023年を静かに振り返れば、歴史や考古学を愛する者にとって、まさに十年に一度の「当たり年」と呼ぶにふさわしい豊穣の一年であった。年の初め、奈良・富雄丸山古墳において出土した長さ約2.37メートルの巨大蛇行剣と前例のない鼉龍文盾形銅鏡は、4世紀後半のヤマト王権における鍛冶技術と祭祀の精神世界を根底から揺さぶる衝撃をもたらした。 博物館や美術館の展示に目を向けても、春の東京国立博物館「東福寺」展における吉山明兆の巨幅仏画、初夏の「古代メキシコ」展で来日したパレンケ遺跡「赤の女王」の深紅の副葬品群、そして秋の特別展「やまと絵」での国宝四大絵巻三十年ぶりの奇跡的集結と、後世の美術史に語り継がれる記念碑的な大型企画が目白押しであった。さらに佐賀・吉野ヶ里遺跡の未着手エリア発掘調査や、オランダの「微生物学の父」レーウェンフック没後300年展など、古代から近世科学史に至るまで話題に事欠かなかった。 大河ドラマ『どうする家康』や朝ドラ『らんまん』は、戦国史と江戸・明治の本草学文化に新たな光を当て、各地の史跡公園や博物館に幅広い世代の足を運ばせた。土中から届く物質的リアリティと、先人たちが遺した物語の交差点。知的好奇心を存分に満たしてくれた2023年のあらゆる歴史の恵みに、心からの感謝を捧げたい。
巨大蛇行剣から大河熱狂まで——2023年の歴史界を彩った大発掘とカルチャーの記憶
富雄丸山古墳の世紀の大発見に始まり、家康ブーム、古代メキシコ、やまと絵の至宝集結。知的好奇心を満たした一年を振り返る。
暮れゆく2023年を静かに振り返れば、歴史や考古学を愛する者にとって、まさに十年に一度の「当たり年」と呼ぶにふさわしい豊穣の一年であった。年の初め、奈良・富雄丸山古墳において出土した長さ約2.37メートルの巨大蛇行剣と前例のない鼉龍文盾形銅鏡は、4世紀後半のヤマト王権における鍛冶技術と祭祀の精神世界を根底から揺さぶる衝撃をもたらした。 博物館や美術館の展示に目を向けても、春の東京国立博物館「東福寺」展における吉山明兆の巨幅仏画、初夏の「古代メキシコ」展で来日したパレンケ遺跡「赤の女王」の深紅の副葬品群、そして秋の特別展「やまと絵」での国宝四大絵巻三十年ぶりの奇跡的集結と、後世の美術史に語り継がれる記念碑的な大型企画が目白押しであった。さらに佐賀・吉野ヶ里遺跡の未着手エリア発掘調査や、オランダの「微生物学の父」レーウェンフック没後300年展など、古代から近世科学史に至るまで話題に事欠かなかった。 大河ドラマ『どうする家康』や朝ドラ『らんまん』は、戦国史と江戸・明治の本草学文化に新たな光を当て、各地の史跡公園や博物館に幅広い世代の足を運ばせた。土中から届く物質的リアリティと、先人たちが遺した物語の交差点。知的好奇心を存分に満たしてくれた2023年のあらゆる歴史の恵みに、心からの感謝を捧げたい。
阿茶局(雲光院)
戦火の大坂城へみずから乗り込み和議をまとめた、家康随一の女性外交官
武田家家臣の娘に生まれ、今川家臣に嫁いだのち夫と死別、天正五年(1577年)頃から家康に仕えた側室。才知に優れ戦陣にも同行したと伝わり、慶長十九年(1614年)の大坂冬の陣では本多正純とともに徳川方の和睦使者に抜擢された。戦火冷めやらぬ大坂城へみずから駕籠で乗り込み、淀殿の妹・常高院を相手に交渉をまとめ上げるという離れ業をやってのけている。あまりの手腕から「まるで女軍師」と評されることもあるほどだ。家康没後は遺言により出家を免れ雲光院と号し、秀忠の娘・和子の入内に際しては母代わりとして御所へ上がり、後水尾天皇から従一位を賜った。晩年まで大奥に重きをなし、生涯にわたり徳川家を陰で支え続けた女傑である。
阿茶局(雲光院)
戦火の大坂城へみずから乗り込み和議をまとめた、家康随一の女性外交官
武田家家臣の娘に生まれ、今川家臣に嫁いだのち夫と死別、天正五年(1577年)頃から家康に仕えた側室。才知に優れ戦陣にも同行したと伝わり、慶長十九年(1614年)の大坂冬の陣では本多正純とともに徳川方の和睦使者に抜擢された。戦火冷めやらぬ大坂城へみずから駕籠で乗り込み、淀殿の妹・常高院を相手に交渉をまとめ上げるという離れ業をやってのけている。あまりの手腕から「まるで女軍師」と評されることもあるほどだ。家康没後は遺言により出家を免れ雲光院と号し、秀忠の娘・和子の入内に際しては母代わりとして御所へ上がり、後水尾天皇から従一位を賜った。晩年まで大奥に重きをなし、生涯にわたり徳川家を陰で支え続けた女傑である。
戦なき 世を遺し終え 白兎の 静けき夢に 年の暮れゆく
─ 駿府の隠居 ─
戦なき 世を遺し終え 白兎の 静けき夢に 年の暮れゆく
─ 駿府の隠居 ─
知的興奮に満ちあふれた2023年という濃密な一年が、静かに幕を閉じようとしております。大河ドラマ『どうする家康』の完走を共に見届け、奈良・富雄丸山古墳の世紀の蛇行剣発掘から、上野の「古代メキシコ」展や「やまと絵」四大絵巻集結まで、歴史の奥深さと物質文化の輝きに圧倒され続けた十二ヶ月でした。毎号熱心に記事を読み、共に歴史の深淵を探究してくださった読者の皆さまに、心より厚く御礼申し上げます。来る2024年は、十二単が舞う平安王朝の雅やかな風が吹く予定です。どうぞ暖かくして、健やかで佳いお年をお迎えください。
知的興奮に満ちあふれた2023年という濃密な一年が、静かに幕を閉じようとしております。大河ドラマ『どうする家康』の完走を共に見届け、奈良・富雄丸山古墳の世紀の蛇行剣発掘から、上野の「古代メキシコ」展や「やまと絵」四大絵巻集結まで、歴史の奥深さと物質文化の輝きに圧倒され続けた十二ヶ月でした。毎号熱心に記事を読み、共に歴史の深淵を探究してくださった読者の皆さまに、心より厚く御礼申し上げます。来る2024年は、十二単が舞う平安王朝の雅やかな風が吹く予定です。どうぞ暖かくして、健やかで佳いお年をお迎えください。