大河『光る君へ』、まひろの夫・藤原宣孝が突然の退場——佐々木蔵之介が演じ切った“器の大きな男”
7月28日放送の第29回「母として」、藤原宣孝(佐々木蔵之介)が急逝。ネット上は「ナレ死ならぬ使者死」の衝撃で持ちきりに。
文月の酷暑を吹き飛ばすほどの大反響を呼んだのが、NHK大河ドラマ『光る君へ』の第29回「母として」(7月28日放送)における、藤原宣孝の衝撃的な退場劇であった。吉高由里子さん演じる紫式部(まひろ)の夫として、物語の序盤から食えない色気と包容力で視聴者を魅了し続けてきた佐々木蔵之介さんが、なんと画面の外で急逝。使者が淡々と死を告げるという「使者死」の急展開に、ネット上は「ナレ死を越える残酷さ」「正妻から訃報を聞かされる妾の悲哀」と騒然となった。 大坂で『好色一代男』をはじめ男女の機微を散々描いてきた西鶴の目から見ても、佐々木蔵之介さん演じる宣孝という男は実に人間味あふれる「ええ男」であった。派手な衣装をまとい、打算や世渡りにも長けながら、まひろの才気と不器用さを丸ごと面白がり、「お前はそのままでよい」と肯定し続けた器の大きさ。ステラnetやサンスポのインタビューで佐々木さん自身が「本当に惚れきっていたのだと思います」と語った通り、二人の間に通っていたのは単なる損得を超えた深い情愛であった。 東洋経済オンラインが指摘するように、結婚生活わずか二年半で夫に先立たれ、幼子を抱えて遺された現実の紫式部の悲嘆こそが、不朽の傑作『源氏物語』の執筆へと向かう決定的な導火線となった。男と女の出会いと別れ、そして死によって断ち切られた愛の記憶が、千年の文学へと昇華していく。視聴率や興行の話題を超え、役者陣の熱演が人間の心の深淵をこれほど鮮やかに描き出した大河の潮目に、惜しみない拍手を送りたい。
大河『光る君へ』、まひろの夫・藤原宣孝が突然の退場——佐々木蔵之介が演じ切った“器の大きな男”
7月28日放送の第29回「母として」、藤原宣孝(佐々木蔵之介)が急逝。ネット上は「ナレ死ならぬ使者死」の衝撃で持ちきりに。
文月の酷暑を吹き飛ばすほどの大反響を呼んだのが、NHK大河ドラマ『光る君へ』の第29回「母として」(7月28日放送)における、藤原宣孝の衝撃的な退場劇であった。吉高由里子さん演じる紫式部(まひろ)の夫として、物語の序盤から食えない色気と包容力で視聴者を魅了し続けてきた佐々木蔵之介さんが、なんと画面の外で急逝。使者が淡々と死を告げるという「使者死」の急展開に、ネット上は「ナレ死を越える残酷さ」「正妻から訃報を聞かされる妾の悲哀」と騒然となった。 大坂で『好色一代男』をはじめ男女の機微を散々描いてきた西鶴の目から見ても、佐々木蔵之介さん演じる宣孝という男は実に人間味あふれる「ええ男」であった。派手な衣装をまとい、打算や世渡りにも長けながら、まひろの才気と不器用さを丸ごと面白がり、「お前はそのままでよい」と肯定し続けた器の大きさ。ステラnetやサンスポのインタビューで佐々木さん自身が「本当に惚れきっていたのだと思います」と語った通り、二人の間に通っていたのは単なる損得を超えた深い情愛であった。 東洋経済オンラインが指摘するように、結婚生活わずか二年半で夫に先立たれ、幼子を抱えて遺された現実の紫式部の悲嘆こそが、不朽の傑作『源氏物語』の執筆へと向かう決定的な導火線となった。男と女の出会いと別れ、そして死によって断ち切られた愛の記憶が、千年の文学へと昇華していく。視聴率や興行の話題を超え、役者陣の熱演が人間の心の深淵をこれほど鮮やかに描き出した大河の潮目に、惜しみない拍手を送りたい。
藤原為時
漢詩の才に秀でながら官途に苦しみ、紫式部を育てた不遇の文人貴族
今号の「こんな人、知っていますか」は、大河ドラマ『光る君へ』で岸谷五朗さんが味わい深く演じておられる藤原為時(?〜1029頃)。言わずと知れた紫式部の父君です。 名門・藤原北家の日野流の出ながら、当時の受領階層の例に漏れず官途には恵まれませんでした。花山天皇の侍読(学問の師)として重用されるも、花山天皇の突然の出家(寛和の変)で失脚し、十年余りも無官のまま困窮。長徳二年(996)の除目において、一条天皇へ涙ながらの漢詩「苦学寒夜の紅涙、霑袖して藍より濃し」を奉じてその文才を認められ、淡路守から越前守へと破格の抜擢を果たした逸話はあまりに名高い。 越前下向には若き紫式部も同行し、宋人商人との接触など広い見聞を得ました。頑固で世渡り下手、しかし学問への至誠を貫いた父の背中こそが、世界屈指の文豪・紫式部の知性を育んだのだと思います。
藤原為時
漢詩の才に秀でながら官途に苦しみ、紫式部を育てた不遇の文人貴族
今号の「こんな人、知っていますか」は、大河ドラマ『光る君へ』で岸谷五朗さんが味わい深く演じておられる藤原為時(?〜1029頃)。言わずと知れた紫式部の父君です。 名門・藤原北家の日野流の出ながら、当時の受領階層の例に漏れず官途には恵まれませんでした。花山天皇の侍読(学問の師)として重用されるも、花山天皇の突然の出家(寛和の変)で失脚し、十年余りも無官のまま困窮。長徳二年(996)の除目において、一条天皇へ涙ながらの漢詩「苦学寒夜の紅涙、霑袖して藍より濃し」を奉じてその文才を認められ、淡路守から越前守へと破格の抜擢を果たした逸話はあまりに名高い。 越前下向には若き紫式部も同行し、宋人商人との接触など広い見聞を得ました。頑固で世渡り下手、しかし学問への至誠を貫いた父の背中こそが、世界屈指の文豪・紫式部の知性を育んだのだと思います。
平安京の路地から宮廷の奥処へ、式部が生きた都の空気を歩く——倉本一宏『紫式部と平安の都』
『源氏物語』の作者・紫式部の生涯を、当時の平安京の空間構造やゆかりの地のフィールドワークとともに追体験する。大河ドラマ『光る君へ』の時代考証を手掛ける歴史学者による案内書。
吉川弘文館の「人をあるく」シリーズから刊行された倉本一宏氏の『紫式部と平安の都』は、世界最高峰の物語文学を生み出した紫式部の波乱に満ちた生涯を、彼女が生きた平安京の都市空間と重ね合わせながら丹念に辿った好著である。 受領階層の娘としての不遇な学問修行の日々から、父・為時について赴いた越前への旅路、藤原宣孝との束の間の結婚生活と死別、そして一条天皇の中宮彰子への出仕まで。著者は当時の古記録や日記を駆使しながら、彼女が足を運んだ平安京の街並みや内裏、宇治や須磨・明石といった物語ゆかりの地を現代の地図と重ね合わせて歩く。 浮世草子や町人の好色譚を散々書いてきたわたくし(井原西鶴)にとっても、千年前の女性作家がどんな街の匂いを嗅ぎ、どんな景色を見ながら筆を走らせていたのかは、実に興味の尽きぬところや。宣孝との愛憎や死別の痛手を胸に秘めつつ、宮廷社会の人間観察を深めていった式部の足取りが、リアルな手触りをもって迫ってくる。 大河ドラマ『光る君へ』を観て平安の雅と泥臭い人間模様に魅せられた読者にとって、画面の向こうに広がる都の風情を肌で感じるための最良の道標となる一冊である。
平安京の路地から宮廷の奥処へ、式部が生きた都の空気を歩く——倉本一宏『紫式部と平安の都』
『源氏物語』の作者・紫式部の生涯を、当時の平安京の空間構造やゆかりの地のフィールドワークとともに追体験する。大河ドラマ『光る君へ』の時代考証を手掛ける歴史学者による案内書。
吉川弘文館の「人をあるく」シリーズから刊行された倉本一宏氏の『紫式部と平安の都』は、世界最高峰の物語文学を生み出した紫式部の波乱に満ちた生涯を、彼女が生きた平安京の都市空間と重ね合わせながら丹念に辿った好著である。 受領階層の娘としての不遇な学問修行の日々から、父・為時について赴いた越前への旅路、藤原宣孝との束の間の結婚生活と死別、そして一条天皇の中宮彰子への出仕まで。著者は当時の古記録や日記を駆使しながら、彼女が足を運んだ平安京の街並みや内裏、宇治や須磨・明石といった物語ゆかりの地を現代の地図と重ね合わせて歩く。 浮世草子や町人の好色譚を散々書いてきたわたくし(井原西鶴)にとっても、千年前の女性作家がどんな街の匂いを嗅ぎ、どんな景色を見ながら筆を走らせていたのかは、実に興味の尽きぬところや。宣孝との愛憎や死別の痛手を胸に秘めつつ、宮廷社会の人間観察を深めていった式部の足取りが、リアルな手触りをもって迫ってくる。 大河ドラマ『光る君へ』を観て平安の雅と泥臭い人間模様に魅せられた読者にとって、画面の向こうに広がる都の風情を肌で感じるための最良の道標となる一冊である。
文月に入り、照りつける日差しとともに本格的な夏がやってまいりました。今号は大河ドラマ『光る君へ』で視聴者の胸を打った藤原宣孝の鮮烈な退場劇をはじめ、若狭小浜で二百五十年の節目を迎えた『解体新書』の杉田玄白特別展、豊前中津に伝わる福澤諭吉の肖像画、さらにはフランス近代絵画のボナールをめぐる話題まで、時代も場所も多彩な歴史の諸相をお届けいたしました。千年前の平安貴族の切ない夫婦愛から、江戸の蘭学者が拓いた知の情熱まで、古人の残した物語はいつになっても人の心を揺さぶるものでございます。厳しい暑さが続きます折、皆様どうぞお身体を大切に、涼やかな読書のひとときをお過ごしください。(木村蒹葭堂)
文月に入り、照りつける日差しとともに本格的な夏がやってまいりました。今号は大河ドラマ『光る君へ』で視聴者の胸を打った藤原宣孝の鮮烈な退場劇をはじめ、若狭小浜で二百五十年の節目を迎えた『解体新書』の杉田玄白特別展、豊前中津に伝わる福澤諭吉の肖像画、さらにはフランス近代絵画のボナールをめぐる話題まで、時代も場所も多彩な歴史の諸相をお届けいたしました。千年前の平安貴族の切ない夫婦愛から、江戸の蘭学者が拓いた知の情熱まで、古人の残した物語はいつになっても人の心を揺さぶるものでございます。厳しい暑さが続きます折、皆様どうぞお身体を大切に、涼やかな読書のひとときをお過ごしください。(木村蒹葭堂)
あでやかに 都を駆けた 男去り 残る筆先に 源氏の光
─ 宇治の山法師 ─
あでやかに 都を駆けた 男去り 残る筆先に 源氏の光
─ 宇治の山法師 ─