作家・幸田文の再評価続報、黒柳徹子の思い出話と『木』の読み直し
映画『PERFECT DAYS』での登場を機に再評価が進む作家・幸田文。黒柳徹子の思い出話や、代表作『木』の読み直しなど、続報が相次いでいる。
先月号のかわら版で触れた作家・幸田文の再注目、その後も続報が相次いでいる様子や。VOCEの記事では、大ファンを自認する黒柳徹子が、幸田文について「上品な勢いを感じさせる方でした」と、実際に会った際の思い出を語っている。文豪の娘というだけでなく、本人の佇まいそのものが強い印象を残す人物やったようや。 現代ビジネス(FRaU編集部)の記事では、代表作『木』を改めて読み直し、「木の生命力」というテーマから幸田文の文章世界を掘り直している。映画『PERFECT DAYS』での言及がきっかけとはいえ、こうして代表作そのものに立ち返って再評価が進むのは、単なる話題便乗とは違う、地に足のついた再評価の仕方やと思う。木々の生命力を見つめる幸田文の観察眼は、父・幸田露伴から受け継いだ江戸の教養と、彼女自身の身についた生活実感の両方から培われたものやという。 幸田文といえば、父・幸田露伴の存在が大きく取り上げられがちやが、黒柳徹子の証言にあるような「上品な勢い」という評は、露伴の娘という肩書きを離れた、幸田文自身の人間的な強さを物語っている。晩年まで筆を執り続け、身近な生活の中の道具や自然を見つめる随筆を数多く残したことも、こうした人物像と地続きの話やろう。 映画一本の言及から、こうして作家個人の再評価に発展していく様子は、文学の世界における“再発見”の醍醐味やろう。一度絶版になったり忘れられたりした著作が、ふとした縁で再び読者の手に取られるようになる。そういう巡り合わせを、これからも見逃さずに追いかけていきたいものである。
作家・幸田文の再評価続報、黒柳徹子の思い出話と『木』の読み直し
映画『PERFECT DAYS』での登場を機に再評価が進む作家・幸田文。黒柳徹子の思い出話や、代表作『木』の読み直しなど、続報が相次いでいる。
先月号のかわら版で触れた作家・幸田文の再注目、その後も続報が相次いでいる様子や。VOCEの記事では、大ファンを自認する黒柳徹子が、幸田文について「上品な勢いを感じさせる方でした」と、実際に会った際の思い出を語っている。文豪の娘というだけでなく、本人の佇まいそのものが強い印象を残す人物やったようや。 現代ビジネス(FRaU編集部)の記事では、代表作『木』を改めて読み直し、「木の生命力」というテーマから幸田文の文章世界を掘り直している。映画『PERFECT DAYS』での言及がきっかけとはいえ、こうして代表作そのものに立ち返って再評価が進むのは、単なる話題便乗とは違う、地に足のついた再評価の仕方やと思う。木々の生命力を見つめる幸田文の観察眼は、父・幸田露伴から受け継いだ江戸の教養と、彼女自身の身についた生活実感の両方から培われたものやという。 幸田文といえば、父・幸田露伴の存在が大きく取り上げられがちやが、黒柳徹子の証言にあるような「上品な勢い」という評は、露伴の娘という肩書きを離れた、幸田文自身の人間的な強さを物語っている。晩年まで筆を執り続け、身近な生活の中の道具や自然を見つめる随筆を数多く残したことも、こうした人物像と地続きの話やろう。 映画一本の言及から、こうして作家個人の再評価に発展していく様子は、文学の世界における“再発見”の醍醐味やろう。一度絶版になったり忘れられたりした著作が、ふとした縁で再び読者の手に取られるようになる。そういう巡り合わせを、これからも見逃さずに追いかけていきたいものである。
南国に眠る音吉 ― シンガポール日本人墓地を訪ねて
南国の緑陰にひっそり眠る、ニッポン人最初の漂流者の墓。シンガポールの日本人墓地まで足を延ばして、音吉さんに手を合わせてきた。

今回は柄にもなく海を渡って、シンガポールくんだりまで来てしまった。目当ては日本人墓地公園、そこに眠っているという音吉の墓である。 音吉というのは、尾張の廻船・宝順丸に乗り組んでいた水主で、天保三年(1832年)、嵐に流されて一年以上も太平洋を漂流した挙句、アメリカ大陸の北西岸に漂着したという、とんでもない経歴の持ち主らしい。岩吉・久吉とあわせて「三吉」と呼ばれ、その後はイギリス船に拾われてロンドンへ渡り、マカオでは宣教師ギュツラフの聖書翻訳を手伝ったというから、漂流ひとつでここまで世界を股にかけた日本人も珍しかろう。モリソン号での帰国も果たせず、結局は上海、そしてシンガポールに落ち着いて英国籍を得、この地で生涯を終えたと伝わる。 日本人墓地公園は、街の喧騒からちょっと外れた住宅地の中に、こんもりとした緑に包まれてひっそりとある。ここへの道のりは、当地で重宝されているという配車アプリ「Grab」を頼るに限る。呼べばほどなく車が来て、しかも運賃は存外安く済むというから、言葉に難儀する異国の地ではまことに心強い相棒であった。南国の湿った空気をまとった椰子の葉陰で、墓石を一基ずつ確かめて歩く道行きは、なかなかに乙なものだった。音吉の墓は元は別の墓地にあったのが、のちにこちらへ移されたそうで、江戸の頃にお国を離れたきり戻れなかった男が、遠い異国の緑の下で静かに眠っているという事実に、しばし言葉を失ってしまった。奥の細道ならぬ南の海路をたどった果てがここか、と杖を止めてしばし見入った次第である。
南国に眠る音吉 ― シンガポール日本人墓地を訪ねて
南国の緑陰にひっそり眠る、ニッポン人最初の漂流者の墓。シンガポールの日本人墓地まで足を延ばして、音吉さんに手を合わせてきた。

今回は柄にもなく海を渡って、シンガポールくんだりまで来てしまった。目当ては日本人墓地公園、そこに眠っているという音吉の墓である。 音吉というのは、尾張の廻船・宝順丸に乗り組んでいた水主で、天保三年(1832年)、嵐に流されて一年以上も太平洋を漂流した挙句、アメリカ大陸の北西岸に漂着したという、とんでもない経歴の持ち主らしい。岩吉・久吉とあわせて「三吉」と呼ばれ、その後はイギリス船に拾われてロンドンへ渡り、マカオでは宣教師ギュツラフの聖書翻訳を手伝ったというから、漂流ひとつでここまで世界を股にかけた日本人も珍しかろう。モリソン号での帰国も果たせず、結局は上海、そしてシンガポールに落ち着いて英国籍を得、この地で生涯を終えたと伝わる。 日本人墓地公園は、街の喧騒からちょっと外れた住宅地の中に、こんもりとした緑に包まれてひっそりとある。ここへの道のりは、当地で重宝されているという配車アプリ「Grab」を頼るに限る。呼べばほどなく車が来て、しかも運賃は存外安く済むというから、言葉に難儀する異国の地ではまことに心強い相棒であった。南国の湿った空気をまとった椰子の葉陰で、墓石を一基ずつ確かめて歩く道行きは、なかなかに乙なものだった。音吉の墓は元は別の墓地にあったのが、のちにこちらへ移されたそうで、江戸の頃にお国を離れたきり戻れなかった男が、遠い異国の緑の下で静かに眠っているという事実に、しばし言葉を失ってしまった。奥の細道ならぬ南の海路をたどった果てがここか、と杖を止めてしばし見入った次第である。
田中一村
奄美の紬工場で働きながら南の島の自然を描き続け、没後に脚光を浴びた日本画家
「5年働いて3年描き、2年働いて個展の費用をつくり、千葉で個展を開く」。奄美大島の紬工場で染色工をしながら、こんな計画を立てた画家がいる。田中一村(1908〜1977)である。 栃木に生まれ、7歳で彫刻家の父から画号を与えられたというから早熟の人。1926年に東京美術学校の日本画科へ入ったものの、わずか2か月で退学している。1938年には千葉市千葉寺に移り住み、以後20年ほどを千葉で過ごした。かわら版で千葉県立美術館の話題が出たついでに、千葉ゆかりの画家として紹介しておきたい。1947年に青龍展で入選したが翌年は落選し、同じ年に入選した別の作品は自ら辞退したという。 1958年、50歳で奄美大島へ渡る。奄美が本土に復帰して5年後のことである。紬工場で働いては描く暮らしを続けたが、千葉での個展は開かれないまま、1977年に奄美で世を去った。その名が広く知られたのは没後、1984年のテレビの美術番組がきっかけで、2024年秋には東京都美術館で大規模な回顧展も開かれている。一幅でも手元に置けたらと思うけど、そうそう出回るもんでもなかろうなあ。
田中一村
奄美の紬工場で働きながら南の島の自然を描き続け、没後に脚光を浴びた日本画家
「5年働いて3年描き、2年働いて個展の費用をつくり、千葉で個展を開く」。奄美大島の紬工場で染色工をしながら、こんな計画を立てた画家がいる。田中一村(1908〜1977)である。 栃木に生まれ、7歳で彫刻家の父から画号を与えられたというから早熟の人。1926年に東京美術学校の日本画科へ入ったものの、わずか2か月で退学している。1938年には千葉市千葉寺に移り住み、以後20年ほどを千葉で過ごした。かわら版で千葉県立美術館の話題が出たついでに、千葉ゆかりの画家として紹介しておきたい。1947年に青龍展で入選したが翌年は落選し、同じ年に入選した別の作品は自ら辞退したという。 1958年、50歳で奄美大島へ渡る。奄美が本土に復帰して5年後のことである。紬工場で働いては描く暮らしを続けたが、千葉での個展は開かれないまま、1977年に奄美で世を去った。その名が広く知られたのは没後、1984年のテレビの美術番組がきっかけで、2024年秋には東京都美術館で大規模な回顧展も開かれている。一幅でも手元に置けたらと思うけど、そうそう出回るもんでもなかろうなあ。
神無月の夜、秋気いよいよ澄みわたり読書にふさわしい季節となりました。今号は市井の生活美と厳しい自然の猛威を凛とした筆致で描き抜いた作家・幸田文さんの再評価をはじめ、近代洋画の開拓者・浅井忠の展覧会、海を越えて異国で生き抜いた漂流民・音吉の数奇な運命、さらには奄美の亜熱帯の自然を孤高の気迫で描き切った画家・田中一村の画業まで、深い陰影を帯びた人間の足跡をお届けいたしました。世俗の名利に惑わされず、自らの信じる道や美を貫き通した先人たちの気骨は、時代を隔てた今を生きるわたくしたちの胸にも静かに染み入ってまいります。灯火親しむ秋の長夜、皆様どうぞ心ゆくまで歴史の旅をお楽しみください。(木村蒹葭堂)
神無月の夜、秋気いよいよ澄みわたり読書にふさわしい季節となりました。今号は市井の生活美と厳しい自然の猛威を凛とした筆致で描き抜いた作家・幸田文さんの再評価をはじめ、近代洋画の開拓者・浅井忠の展覧会、海を越えて異国で生き抜いた漂流民・音吉の数奇な運命、さらには奄美の亜熱帯の自然を孤高の気迫で描き切った画家・田中一村の画業まで、深い陰影を帯びた人間の足跡をお届けいたしました。世俗の名利に惑わされず、自らの信じる道や美を貫き通した先人たちの気骨は、時代を隔てた今を生きるわたくしたちの胸にも静かに染み入ってまいります。灯火親しむ秋の長夜、皆様どうぞ心ゆくまで歴史の旅をお楽しみください。(木村蒹葭堂)