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2025年7月号

バックナンバー
編集長: 木村蒹葭堂(大坂)

特集.txt - メモ帳
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【特集】大原美術館のエル・グレコ「受胎告知」、66年ぶりの修復 ・ 初出: 2025年7月

倉敷の「受胎告知」が66年ぶりの修復へ。プラド美術館の修復家が後世の加筆を取り除き、エル・グレコ本来の色彩がよみがえる

倉敷の大原美術館が、所蔵の目玉であるエル・グレコ「受胎告知」を66年ぶりに修復している。スペインのプラド美術館から修復家を招き、汚れや後世の加筆を取り除いて、10月21日に再び公開する予定だという。

名画も、年をとる。朝日新聞や日本経済新聞、TBS NEWS DIGによれば、大原芸術財団は、大原美術館が所蔵するエル・グレコの「受胎告知」を66年ぶりに修復すると発表した。スペイン・マドリードのプラド美術館から修復家を招き、7月14日から作業に入ったという。日本経済新聞によれば、修復はクラレが支援している。山陽新聞によれば、作品は7月8日から公開を止めていた。 「受胎告知」は、大原美術館のいわば顔や。倉敷の実業家・大原孫三郎の支援を受けた画家の児島虎次郎が、大正時代にパリで買い付けたと伝わる。西洋の名画を日本の地方都市で見られる、それ自体が奇跡のような一枚やった。 朝日新聞によれば、今回の修復では、後の時代に描き加えられた部分も取り除くという。山陽新聞は7月末、修復作業を報道陣に説明し、汚れを除いて色が鮮やかになってきた様子を伝えた。そして再公開は10月21日に決まったとのこと。 修復というのは、ただ綺麗にすることやない。どこまでが画家の筆で、どこからが後の人の手か。それを見分けて、後の人の手だけをそっと外す。わたしも古い絵を手に入れるたびに、どこぞで誰ぞが手を入れとらんか、ずいぶん目を凝らしてきた。せやから、四百年前の画家の筆を、四百年後の修復家が探り当てる仕事には、ほんまに頭が下がる。 エル・グレコといえば、天に向かって伸び上がるような人物と、青や黄の鮮烈な色。後の人の手がとれた「受胎告知」は、どんな色で私らを迎えてくれるのか。秋の倉敷が、今から待ち遠しいわ。

#エル・グレコ#受胎告知#大原美術館#修復#プラド美術館#児島虎次郎
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【特集】蘭方医たちの夏——笠原良策と蘭学サミット、津山の藩医 ・ 初出: 2025年7月

雪の峠を越えて種痘を運んだ福井の町医者・笠原良策が、蘭学サミットの主役に。津山でも幕末の藩医2人の史料展

福井県で8月に開かれる蘭学サミットで、天然痘と闘った福井藩の町医者・笠原良策が取り上げられる。蘭学の里・津山でも、幕末・維新期に活躍した藩医2人をしのぶ史料展が開かれている。

医者の手柄話は、たいてい美談として語られる。だが、美談の陰には、たいてい泥臭い苦労がある。日テレNEWSによれば、福井県で8月に開かれる蘭学サミットの今年の主役は、幕末の福井藩の町医者・笠原良策だという。天然痘の撲滅に奮闘した人物で、医師で作家の海堂尊さんが来場を呼びかけている。 笠原良策は、牛痘による種痘を福井に広めた人として知られる。種痘の苗は、人から人へ植え継がなければ絶えてしまう。良策は京都で手に入れた苗を、子どもたちの腕に植え継ぎながら、冬の峠を越えて福井へ運んだと伝えられる。その苦闘は、2025年の初めに公開された映画「雪の花 ―ともに在りて―」でも描かれた。 ただ、ここで一つ言っておきたい。種痘は、はじめから歓迎されたわけではない。牛の病を人に植えるなど、と恐れられ、町の人々の疑いを解くのに、良策は相当な苦労をしたとされる。新しい医術が「正しい」ことと、それが人に「受け入れられる」ことは、別の話である。今の世にも通じる教訓だろう。 岡山・津山からも便りがある。朝日新聞によれば、幕末・維新期に功績を残した津山藩医2人をしのび、ペリー来航などゆかりの史料を展示しているという。津山は宇田川玄随・玄真・榕菴の三代や箕作阮甫を出した「洋学の里」で、阮甫はペリーが持ってきた国書の翻訳にも加わった。7月末には、榕菴の化学実験を再現する催しも津山洋学資料館で開かれる。 蘭学は、書物の上の学問ではなかった。異国の言葉を読み、新しい医術を試し、人々の疑いと向き合う。その一つひとつが、命がけの実践だった。美談として語る前に、その泥臭さをこそ、記憶しておきたい。

#笠原良策#種痘#蘭学サミット#福井藩#津山藩#洋学#蘭方医
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【特集】大河『べらぼう』7月——天明の大飢饉と田沼政治の陰り ・ 初出: 2025年7月

米の値は上がり、人は飢える。『べらぼう』7月は天明の大飢饉と田沼意知の刃傷、そして白河の名君・松平定信の影が差す

大河『べらぼう』は7月、天明の大飢饉の惨状を描き、江戸城での田沼意知刺殺へと進んだ。飢饉の実態や田沼家の出自、白河藩で名君とうたわれた松平定信の姿を、各紙が掘り下げている。

飢饉は天災やけど、値上がりは人災や。デイリースポーツによれば、『べらぼう』第26回では、田沼意次の時代に起きた天明の大飢饉(1782〜1787年)が描かれた。冷害に浅間山の大噴火が重なって凶作となり、とりわけ奥羽や関東で餓死者や病死者が相次いだ。シネマトゥデイは、その場面を「まるで今の日本」と伝えている。米の値が跳ね上がり、庶民の暮らしが追い詰められる。物の値段の話は、いつの世も他人事やない。 ダイヤモンド・オンラインは、ドラマでは描かれない飢饉の「恐ろしすぎる実態」に踏み込んでいる。テレビで映せることには限りがある。帳簿に載らん死者の数こそ、飢饉の本当の勘定書きやろう。 そんな中、江戸城で事件が起きる。サライ.jpによれば、田沼意次の息子・意知が城中で斬りつけられて命を落とした。記事は、江戸城ではこれだけでなく、いくつもの刃傷事件があったと振り返っている。米の値が上がって世の中がざわつくと、恨みの矛先は時の権力者に向かう。意知の死を、庶民が喜んだとまで伝えられるのは、そういうことや。 東洋経済オンラインは、渡辺謙さん演じる意次を悩ませた田沼家の系譜を取り上げ、出世の背景に「父の人脈」があったと解説している。由緒のない家から成り上がった者は、どうしても妬まれる。 そして次の主役の影が差してきた。JBpressによれば、松平定信は白河藩で倹約を徹底し、名君と呼ばれた。飢饉の中でも領民を守ったとされる手腕が、やがて田沼に代わる政治を求める声につながっていく。倹約の人が天下を取ったら、江戸の本屋はどうなるか。蔦重にとっては、ここからが正念場やで。

#べらぼう#天明の大飢饉#田沼意次#田沼意知#松平定信#浅間山
かわら版
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歴史かわら版 ・ 2025年07月

宇田川榕庵の化学実験を再現 8月2日、津山洋学資料館

津山藩医で洋学者の宇田川榕庵が著書で紹介した化学実験を再現する夏休み教室が開かれるとのこと。江戸の蘭学者が試した実験を令和の子供たちが追体験するという趣向、なかなか粋だと思う。

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歴史かわら版 ・ 2025年07月

十返舎一九と蔦屋重三郎に焦点 江戸の出版文化を紹介 静岡市歴史博物館で企画展

『東海道中膝栗毛』の十返舎一九と、版元・蔦屋重三郎の二人に焦点を当てた企画展が静岡市歴史博物館で開催中とのこと。江戸の出版文化を担った名コンビ、大河効果もあってか注目度が高いらしい。

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歴史かわら版 ・ 2025年07月

「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」開幕レポート

国立西洋美術館にスウェーデン国立美術館の素描コレクションが来日、ルネサンスからバロックまでの巨匠たちの下絵が並ぶ企画展とのこと。完成作とは違う、画家たちの思考の跡が見える貴重な機会らしい。

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歴史かわら版 ・ 2025年07月

裏返すと「前漢の鏡」研究者も驚き 富雄丸山古墳の銅鏡、全容判明 [奈良県]

富雄丸山古墳から出た銅鏡の全容が分かり、裏返してみると「前漢の鏡」だったらしい。研究者も驚いたとのこと。古墳の謎がまたひとつ深まった。

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歴史かわら版 ・ 2025年07月

明治期に出土した「仁徳陵」の副葬品、なぜ流出?…埋め戻し時取りこぼしか:地域ニュース

6月に実物が確認された仁徳陵の副葬品。明治に出土したあと、なぜ外に流れたのかを読売新聞が追った。埋め戻しのときに取りこぼしたのかもしれない、とのこと。

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歴史かわら版 ・ 2025年07月

古代ローマに「巨人部隊」!? ハドリアヌスの長城付近で30センチ以上の靴が大量発見

英国のハドリアヌスの長城の近くで、30センチを超える古代ローマの靴が大量に見つかったらしい。「巨人部隊」がおったのか。足のでかい兵隊さんの謎は深まるばかりや。

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歴史かわら版 ・ 2025年07月

新たな世界遺産26件が発表。カメルーンの遺跡やシエラレオネの熱帯雨林などアフリカにスポットライト

新たな世界遺産26件が発表され、カメルーンの遺跡やシエラレオネの熱帯雨林など、アフリカに光が当たったとのこと。世界の歴史地図に、また新しい名所が書き込まれた。

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歴史かわら版 ・ 2025年07月

特別展『江戸☆大奥』東京国立博物館で 篤姫や和宮ら御台所や側室ゆかりの品々などで知られざる大奥の女性たちの生活を紹介

東京国立博物館で特別展「江戸☆大奥」。篤姫や和宮といった御台所や側室ゆかりの品々で、知られざる大奥の女性たちの暮らしを紹介するらしい。

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歴史かわら版 ・ 2025年07月

苗木城の姫の華やかな品々 中津川で打ち掛けや漆塗りの箱など展示

岐阜県中津川市で、苗木城500年を記念したプレ企画展。苗木遠山家の姫が使った打ち掛けや漆塗りの箱など、華やかな品々が並んでいるとのこと。

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歴史かわら版 ・ 2025年07月

仲哀天皇の御霊が神功皇后のもとへ 気比神宮から船神輿で海渡る ロマンチックな伝統行事「総参祭」

福井県敦賀市の気比神宮から、仲哀天皇の御霊が船神輿で海を渡り、神功皇后をまつる常宮神社へ。年に一度の神々の逢瀬「総参祭」が営まれたとのこと。

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歴史かわら版 ・ 2025年07月

越前府中は前田家創業の地 加賀百万石支えた越前人 北海道大名誉 ...

天正2年、前田利家が信長から越前府中を与えられ、初めて城主になった。福井新聞のエッセーは、利家・利長父子がこの地で召し抱えた越前の人々が、加賀百万石を支えたと説く。

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歴史かわら版 ・ 2025年07月

片腕の志士・伊庭八郎と土方歳三の友情|幕末に散った親友二人の ...

戊辰戦争の終わり際、降伏を待たずに散った二人の幕臣、新選組の土方歳三と遊撃隊の伊庭八郎。片腕の剣士と鬼の副長の友情をたどる読み物とのこと。

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展覧会案内 ・ ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション ・ 2025年7月12日(土)〜9月21日(日)

醤油の家に流れる南画の筆——ミュゼ浜口陽三で「新しい南画の世界」

銅版画家・浜口陽三の作品の根っこに、江戸の南画を見る展覧会。浜口家に伝わる南画の系譜をたどりつつ、日本画・銅版画・現代美術・書・詩の現代作家5人が「新しい南画」を探る。

カラーメゾチントの浜口陽三と、江戸の南画。一見つながりそうにない取り合わせだが、美術評論家の洲之内徹は「浜口陽三の仕事の根底には宋元写生画の構図が横たわっている」と書いたという。しかも浜口家は、もともと南画と縁の深い家だった。陽三の父・十代目儀兵衛は小室翠雲に南画を学び、さらに数代さかのぼる浜口灌圃は、紀州の南画家・野呂介石の弟子だったそうだ。 この展覧会は、陽三の銅版画と並べて、南画の精神と響きあう現代の作家たちを紹介するもの。日本画の西久松綾、銅版画の重野克明、現代美術の染谷悠子、詩人で書家の後藤理絵、そして詩人の吉増剛造。詩と書と画の三つをこなしてこそ正統の文人画家、というかつての物差しを、いまの表現にそっと当ててみる試みらしい。会期中には、作家たちのトークに煎茶を添えた「文人風茶会」も企画されたとのこと。江戸の文人の集まりに煎茶は欠かせなかったから、なかなか心憎い趣向だ。 わしも若い頃、柳沢淇園や池大雅に絵の手ほどきを受けた身。野呂介石も大雅に学んだ人やから、浜口家の筆をたどっていくと、上方の文人仲間の輪に行き着くことになる。醤油の家に代々南画の筆が伝わり、それが銅版の黒のなかにまで息づいているとしたら、ほんまに面白い話や。

展覧会
新しい南画の世界 ―― 浜口陽三と後藤理絵、重野克明、染谷悠子、西久松綾、吉増剛造 ――
会場
ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション(東京都中央区日本橋蛎殻町1-35-7)
会期
2025年7月12日(土)〜9月21日(日)
開館時間
11:00〜17:00(最終入館16:30) 土日祝は10:00〜17:00(最終入館16:30) 会期中の毎月第3金曜日(7月18日・8月15日・9月19日)は20:00まで開館(最終入館19:30)
休館日
月曜日(ただし7月21日・8月11日・9月15日は開館) 7月22日・8月12日・9月16日は振替休館 イベント開催のため7月13日午後・7月26日午後・8月2日終日は休館
料金
大人 600円 / 大学生・高校生 400円 / 中学生以下 無料
公式サイト
https://www.yamasa.com/musee/exhibitions/20250712-0921/

※上記は2026年9月26日時点の情報です。会期・開館時間・料金などは変更される場合があります。お出かけの前に、正確な情報は公式サイトをご確認ください。

#浜口陽三#南画#文人画#浜口儀兵衛#野呂介石#ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション
今月のこんな人.txt - メモ帳
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今月のこんな人、知っていますか?

江馬細香

頼山陽に詩を学び、墨竹を得意とした大垣の女流漢詩人・画家。蘭方医・江馬蘭斎の長女

細い竹の葉を、墨一色ですっと描く。江馬細香(1787〜1861)は、墨竹を得意とした幕末の女流漢詩人であり、画家である。生まれは美濃の大垣。父は大垣藩の医師で、江戸で杉田玄白・前野良沢に蘭学を学んだ江馬蘭斎だった。 少女の頃に京都・永観堂の僧玉潾から墨竹を学び、文化10年(1813年)、大垣を訪れた頼山陽と浦上春琴に出会う。以後、詩は山陽に、画は春琴に学んだ。山陽は細香を妻に望んだが、父の蘭斎が断ったと伝わる。細香は生涯独身を通し、山陽が亡くなるまでの18年間に7度、京都の山陽を訪ねて教えを受けた。のちには梁川星巌・紅蘭の夫妻らと詩社「白鴎社」も結んでいる。 繊細で艶のある詩は、死後の1871年に『湘夢遺稿』にまとめられた。展覧会案内で「詩と書と画をこなしてこそ文人画家」という物差しの話が出たが、細香はまさにそれを地で行った人。大垣は蘭学と縁の深い町で、かわら版に出てくる宇田川榕菴も大垣藩医の家の生まれや。細香の墨竹なら、ぜひ一幅、手元に置いてみたいもんやなあ。

#江馬細香#頼山陽#墨竹#漢詩#大垣#江馬蘭斎#白鴎社
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2025年7月号をお届けします。十返舎一九と蔦屋重三郎の名コンビに光を当てた企画展、宇田川榕庵の化学実験の再現、スウェーデン国立美術館の素描コレクションと、文化と学問の足跡をたどる号になりました。後から特集を三本足しています。倉敷の「受胎告知」が六十六年ぶりに修復に入ったと聞いて、わたしは秋の再公開の日を指折り数えとります。秋成はんには福井の笠原良策を頼んだら、「美談にする前に泥臭さを書け」と、いつもの調子でした。べらぼうは天明の飢饉で米の値が上がり、西鶴はんの筆も心なしか重たそうです。夏本番、知的好奇心を刺激する話題をお楽しみください。